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燃えかすの意味【掌編小説/あとがき】

いつの日からか、仕事が終わり帰宅する頃には、僕のポケットは「燃えかす」で一杯になっていた。⁣

燃えかすの存在に気づいたのは、中年といわれる世代になってから。多少のショックはあったものの、極々少量だったし、不自由さも感じていなかったので、ポケット内に溜まったゴミと同程度の扱いをしていた。⁣

けれど、歳を重ねるごとに燃えかすは徐々に増えていき、今では一日でポケットが一杯になる。⁣
そこで僕は、60歳を機に、燃えかすの自己管理を始めようと決意した。⁣


もえ-かす【燃えかす】⁣
① 燃えたあとに残るもの。② 忘却した記憶が粉末状になったもの。記憶の粉とも呼ばれる。「年々ーが増える」「ーの活用術」⁣


僕の場合、燃えかすは、ポケットの中に溜まる。人によって鞄の中だったり、靴の中だったり、いろいろだ。⁣
燃えかすには価値があり、一級資源ゴミとして引き取ってもらえる。⁣
また、道具を揃えて自己管理しても良い。自己管理は多少煩雑ではあるが、一部を服用することが可能となり、つまりは、失くした記憶の一部を取り戻せる、という利点がある。⁣

道具は、想像以上に種類や価格帯が豊富で、僕は行動経済学の手本さながら、中間の価格帯で、燃えかすを5つに分類できる標準的なタイプを選んだ。⁣

〈セット内容〉⁣
・小型特殊圧縮機⁣
・小型振動ふるい機 4段5分級式 (シャーレ、薬匙付き)⁣
・薬包紙 (白 / カラー5色。60枚セット)⁣
・フリーズボックス (カラー5色セット)⁣
・専用保管冷凍庫⁣

道具に慣れるまで時間はかかったが、どうにか使いこなせるようになった。⁣
一連の流れはこうだ。⁣

1、燃えかすを、圧縮機に入れる。燃えかすは5分の1に圧縮される⁣
2、1を、ふるい機にセットする。タイマーを5分に設定して待つ⁣
3、粒子が大きい順に、「プライベート」「仕事」「衣食住」「カスタム枠」「その他」の5つに分離したものを、それぞれシャーレに空ける⁣
4、その中から、翌日服用する粉末を選び、白い薬包紙で包む⁣
5、残りは粒径ごとに任意の色の薬包紙で包み、日付を記入後、同色のフリーズボックスに収納し、冷凍庫で保管⁣

冷凍庫に保管したものは、解凍していつでも使用できる。ただ、服用量が多くなればなるほど、ポケット内の燃えかすの量も増えていくため、よくよく考えて服用する必要がある。⁣

作業中は窓を閉め切り、エアコンも止める。風が吹いたら、呆気なく僕の記憶は飛んでいってしまうからだ。とはいっても、何を忘れたのか、忘れた本人にはわからないのだから、複雑な心境である。つくづく記憶とは、危なっかしく儚いものだと思い知る。⁣

服用する分の燃えかすは、平日は「仕事」に「カスタム枠」をブレンドすることが多く、それを朝食後、コップ一杯の水で流し込む。⁣
服用してから、仕事の効率は良くなったとは思う。もう少し若い頃から始めた方が良かったのでは、と言われることもあるが、それは、僕にとって些末なことだった。⁣

僕の住むこの地域では、人が亡くなると、完全火葬される。最後に完全燃焼させ、粉末状の燃えかすだけが残る。それは、故人の人生の記憶。遺灰という記憶の粉。⁣
遺灰を納めるために立ち会った親しい人たちは、記憶の粉の微粒子を吸い込み、それによって故人を忘れない、そんな作用もあると聞いた。⁣
だから、僕は君を忘れられないのか。それとも、君の記憶が薄れていくのが怖くて、ポケットの燃えかすを管理し続けるのか。 ⁣

忘れてしまった方がしあわせかもしれないのに。⁣
でも僕は、君の記憶を抱いたままこの世を去りたい。⁣
きっと、そうなのだろう。⁣
ひたすらに、それだけなのだろう。⁣



【あとがき】

お読みくださりありがとうございます。

今回の見出し画像は、noter 武川蔓緒さんに、拙作『燃えかすの意味』をイメージして描いていただきました。

武川蔓緒さんも note にて小説を投稿されていらっしゃいますが、それらの見出し画像のイラストもご自身で描かれているそうです。
小説も独特の世界観があり、尊敬するクリエイターの一人です。

ということで今日は、蔓緒さんの小説を初めて読んだ時のこと(わたくしの混乱ぶり)を書いてみようかな。

以下、適切ではない誤解をまねく表現があるかもしれませんが、それらはすべて「愛情を込めた『褒め言葉』」です。

***

その世界は、足を一歩を踏み入れた途端、現実世界を切り離す力があった。

レトロな佇まいの映画館の、その上映中のシアターに、突然、放り込まれたような感覚。
薄暗い空間に目が慣れるまで、少しばかりの恐怖心を胸に、私は足元の誘導灯をたよりに階段を降りていく。

席に着くと、シアターチェアは私の戸惑いを取り去るような座り心地で、私はすぐに物語に夢中になった。

そして、物語が終わっても余韻は続く。
シアターから出ようとドアを開けると、出口から先の世界はどこか違っていた。

物語はまだ終わってないの?

ああ、きっと私は巧みに誘導され、心地よく騙されているのだ。
まことしやかに。
手品のような手さばきで。

蔓緒ワールドを知った私はもう別人だった。

***

「何を言っているかわからないぞ。 ume15」という、みなさんの声が聞こえてきそう。

ごもっとも。
ではもう少し、どんな作風なのかを紹介します。もっと平たく簡単にね。

***

蔓緒さんの世界は、マキシマムな感じなんですよ。
言葉がゴボゴボと湧き出ているわけですよ。源泉かけ流しみたいに。
そんな贅沢な小説の中に足を踏み入れると、あっという間に全身蔓緒まみれになるわけです。印象に残らないわけがない。

個性的かつ具体的な言葉や表現で溢れているから、頭の中に映画が上映されているような感覚で。でもですよ、人や物、心情が細かくカラフルに描かれているのにですよ、物語全体はどこか抽象的で掴みどころがない。
だから、ほぼいつも消化不良。おまけに、読み終えたら異空間に放り出されているわけですよ。その結果、モヤモヤは続き、長い時間考える羽目になるわけです。

それと、忘れてならないのは「蔓緒節」。
一文の区切りが独特。
「え、ここに句点?」そんなこと思ったらもう終わり。蔓緒節によって踊らされているも同然。
癖になる。
踊らずにはいられない。
楽しい。

つまり蔓緒さんの世界は、ストーリーはもちろん、言葉のチョイスやその組み合わせ、音の響き、文のテンポ、どれも独創的で絶妙なんです。
読む者を "華麗に" 魅了する。
そして読了後は、"そこはかとない余韻"がプレゼントされる、という特典付き。

だから私は、またそのレトロな映画館に通わずにはいられないのだ。そこがあいているかぎり。



©️2023 ume15

蔓緒さん、このたびはイラストを描いてくださり、ありがとうございました。
またご縁があると嬉しいです。

↓こちらは、前回、武川蔓緒さんにイラストを描いていただいた『月のランドルト環』です。

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