見出し画像

壊れる価値【掌編小説】

「からだが、思う、もうように、うごき、きま、きません」

昨日届いたもみの木の前で、形状を変えられずにいる物体。

板の間の上で、ガタッ、ゴト、ゴトンと不連続な音を立てている。


買い出し用の荷物を抱え、土間から家に入ると、もがきながらそう訴えていたのは、シズムだった。

「壊れたのか?」

「ごめ、んなさ……」

シズムは僕が大事にしているオーナメントの一つだ。
何かエラーがあったのだろう。ボディに細かいひびが入り、壊れかけた天使のような形をしている。

「荷物を片付けたいんだけど、少し待てるか?」

「待てる、る。でも、は、はやくし……」


僕は数十年前から、趣味でオーナメントを収集している。集めているのは、どれも人工知能を持ち、ボディが特殊な金属で構成されているタイプだ。
これらは自在に姿を変えられる。たとえば、ハロウィンにはカボチャのランタンやおばけになったり、桃の節句には雛人形や調度品に変身したりする。

シズムはその中でも、もっとも古いタイプで、知能のバージョンアップはしているが、ボディがそれに対応できず、しばしばこのような状況に陥る。

イベントがないときのオーナメントたちは、インテリアやペットロボットになったり、デフォルトの立方体や球体に戻って何もしないものもいる。
どれも僕にとっては家族同然、大切な存在である。

ツリーに目をやると、シズム以外のオーナメントは、すでにもみの木に自身を飾り付けていた。

越してきたばかりの、この田舎の古い家に調和させるため、オーナメントには、落ち着きある色調を用いるよう指示していた。

想像以上の出来栄えだな。
この家と同様、アンティークな雰囲気のツリーに仕上がっていた。
ボールに描かれたクリスマスツリーは、独特なタッチで名画のようだし、深い色のドロップ型オーナメントは、ジュエリーのように美しい。サンタクロースはまるで骨董品のような佇まいで、星空や宇宙をモチーフにしたベルも綺麗だ。

彩度を低めにしたイルミネーションが、薄暗い板の間を鈍く照らしている。
まるで、深い闇に微かな光を見つけたときのような、希望を感じさせた。でも同時に、すべてが闇に吸収されてしまうのではないか、という希望とは逆の感情を抱かせるような光でもあった。


「シズム、お待たせ」

彼を両手でそっと拾い上げ、作業台へと運んだ。
シズムは少し甘えん坊で、会話を好んでする。付き合いが長く、歳をとらない息子みたいな存在なのだ。

「大丈夫だよ。すぐに直してあげるから」

「おねがい、おねがい……」

僕は大事なものを、自分で直して使うのが好きだ。不謹慎だけれど、ときどき壊れてくれないかと思うくらいに。
なぜなら、「壊れる」「直す」を繰り返すうちに、対象物を深く理解することにつながるからだ。単なる愛着かもしれないが、これらは「壊れた」ことがきっかけで生まれた価値だと思う。

「さあ、直ったよ」

「やったぁ。ありがとう」

「ところで君は、どんなオーナメントになろうとしたのかな」

「天使のシヅカ」

「なるほど。でも、去年も挑戦して失敗……?」

「笑うな。シヅカは天使みたいだろう? でも最近のシヅカは難しい」

「そうだね。君の言うとおりだ」

シズムのその言葉は、怖いくらい的を射ていた。もしかして、あれは失敗ではなかったのか……。

「もっと簡単なのにしたらどうかな」

「わかった。じゃあシヅカの好きなやつにする」


***


「からだが、思う、ように、うごか、ない、の……」

病院から戻ってきた君は、ツリーが見える場所にセットしたベッドの上で、板張りの床のギシギシと軋むような音と合わせるように、ぎこちなく発声した。

「大丈夫だよ、シヅカ。今はまだ薬が効いているだけだから」

「そば、に……」

「ここにいるよ」

妻の手を握る。
もともと体の弱い妻だが、歳を重ねるごとに精神的にも不安定となり、入退院を繰り返している。今回も一時的な退院である。
服薬を忘れると、幻覚に襲われたりすることもあるので、気をつけなければならない。

妻も年月とともに相応しい容姿へと変化してきたが、今でも緑みを帯びた瞳で見つめられると、思考がほんの一瞬、浮遊する。
あごのラインで切り揃えた髪と肌の色は、呼応するように白く、歳をとるごとに真っさらになっていくシヅカの心を表しているようにも思える。
僕は妻の頬に触れ、それから髪を撫でた。まるで儀式のように。

「先生。夫が、わたしを、待っているの。ツリーを、飾って……」

「それは楽しみだね」

君から見た僕は、一人の人間ではない。
夫、主治医、恋人、友人、幼馴染……何種類もの別人として、僕は記憶されている。
けれども、どの僕も大事な人だと認識はしているみたいだ。
それでいい、と思う。
なぜなら、本質は同じだから。つまり、どの僕も君を愛している。

考えると、僕はオーナメントのような存在かもしれない。君が望む、何種類もの僕が、君の人生を彩ることができているとしたら……。

明日はクリスマスパーティーをしよう。
君の好きな僕をプレゼントするよ。

だから、ゆっくりおやすみ。
僕はシズムを、妻の枕元に置いた。

「シヅカ。明日一緒に、ツリーの一番上に飾ろうね」

星形のシズムは少し自慢げに、でも妻を起こさないよう、優しく発光した。

Merry Christmas.



〈了〉

©️2022 ume15

お読みくださりありがとうございます🎄

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?