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読書録:プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン -実績・省察・評価・総括-

「『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下『シン・エヴァ』)制作を1つのプロジェクトとして捉え、それを遂行する」という視点で振り返り、記録としてまとめた本。執筆は、株式会社カラーの成田和優氏。成田氏は、JAXAからカラーの制作進行に転職し、『シン・エヴァ』を担当。進捗管理を中心にプロジェクトマネジメントに関するさまざまな領域で活躍した。

プロジェクトマネジメント、プロジェクトデザイン、コミュニケーション、レトロスペクティブ、様々の視点で、ページをめくる度に気づきと共感があり、示唆に満ちている。プロジェクトに関わった多くのスタッフの視点から振り返っていることが、この本の奥行きを生んでいる。表現することや作品をつくることに主眼を置くプロジェクトに関わるあらゆる人にお薦めな一冊。中でも特に印象に残ったところを抜粋してメモする。


 「遂行」の視点からプロジェクトを振り返る

この本は、「成功」や「失敗」といった尺度で振り返らない。大小どんなプロジェクトであれ、「やってよかった」「やらなければよかった」など、関わった1人1人の感じ方は異なり、プロジェクト完了時の成否判定とは無関係に想起されることがあるためである。また、第三者評価においては、時間経過と共に変化したり、時に真逆になることさえあることも、その理由として挙げている。プロジェクトの成否は、今現在一般的に当てはめられる考え方よりも、もっと大きな範囲と、もっと大きな尺度を持っているのではないかという。

その上で、「遂行」の視点から振り返っている。「プロジェクトを遂行に導いたものは何か」という視点である。

このときに気をつけたいポイントは、関わったスタッフに対して、単に「プロジェクトを遂行に導いたものは何か」と尋ねると、(単純明快な言葉にまとまってしまうため)こぼれ落ちるものがとても多くあること。そのため、もしこれが別のもの、別の条件だったら、プロジェクトの結果は"今あるものではなく別のものに変わっていた可能性"があるのではないか、と考えてみた場合の「これ」について検討されている。本書では、「これ」を、プロジェクトを"今この結果"に導いた主たる原因であり、"遂行の中枢"と表現している。 

 偶有性を保持するプロジェクトデザイン

不可能性と必然性の否定(=他の結果でもありえたこと)を意味する言葉として、偶有性という言葉が度々登場する。それをどのようにプロセスに取り入れたかや、その詳細について触れられている。

プロジェクトでは、ある工程に着手するために、前工程の成果物が必要になる。成果物は、その担当セクションの責任者が、"成果物として提出すると決断すること"によって、初めて成果物たり得る。多くの場合、定量的な判断で成果物と判定できないため、責任者が定性的な判断をし、最終的な決断をすることになる。言い換えると、成果物として扱っていいと思えるアウトプットが複数あったとしても、次工程に進むため、1人の決断によって成果物は絞り込まれる。

しかし、監督の庵野氏は、決断によって絞り込まれた1つの成果物のみに関わるのではなく、決断手前の複数の可能性まで関わりを広げる。選ばれなかったものとも関わりたいと考え、それができるプロセスをデザインしている。本書では、これを「偶有性を保持した作り方」と表現している。(庵野氏はこのアプローチを「探り」と呼ぶ。)

チームの態度を醸成する

庵野氏は、撮影工程の全成果物に対して、修正指示やokの判断をする。その際、宛先に全主要スタッフを入れた上で展開したと言う。これには効率性を高める意図もあるが、それ以上に重要なことがある。全主要スタッフ間で、全カットに対して、成果物を介したコミュニケーションが行われることである。重要である理由として、以下3点を挙げている。

  •  「庵野氏が全ての成果物を入念に丹念にチェックしている」と全主要スタッフに伝わること

  •  庵野氏が目指すところや求めるところが、全主要スタッフに徐々に伝わり、"共同主観"が醸成されること

  • 「庵野氏は審判を下す一方で、その審判内容に対して全主要スタッフによる審判を受けている」と双方が理解すること

庵野氏は、このようなリスクを引き受けて、全カットに対する判断と修正指示を行い、それを全主要スタッフが理解している。そのようなコミュニケーションにより、庵野氏の判断と修正は真剣に行われていると伝わり、スタッフ1人1人の中に「それらに対して真剣に相対しなければならない」という態度が生まれる。  

夢を積めるだけ積んだ上で削ぎ落とす

「今この現実」をベースに線密に計画して緻密に組み上げて作ることは、とても効率が良く、成果物の完成度が高まる。しかしその場合、プロジェクトは、計画を下回る小さな着地を見ることが多いという。(「計画通りに進み、計画以下に縮んでいくものを作っている感覚は、死体をいじっているような手触りだ」という言葉が刺さる。)

庵野氏は、フレーム(コスト・スケジュール・リソース)に収めることが得意でありながら、まずは夢を積めるだけ積み、然るべきタイミングで削ぐべきものを削いでいく。初めからフレームに当てはめるアプローチでは痩せ縮んでいくばかりである。だから、夢を積み、太らせてから削ぎ落とす。そうすることで、最終的には「今この現実」というフレームに収まる着地であったとしても、痩せ縮み小さくなったものではなく、よく鍛えられ絞られた収まりになる。

そのような姿勢があるから、スタッフは安心して変なものも提案できる。誤解を許容するプロジェクトであり、器が大きいプロジェクトであると語られている。

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