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2024/3/10 Enfants 「Obscure」 @SHIBUYA CLUB QUATTRO

近くにいた人たちの「めっちゃ緊張してきた!」という開演直前の会話を、私は自分でも驚くほど凪いだ心持ちで聞いていた。Enfantsになってからのライブを観るのはこれが初めてだったので、不安が全くないわけではなかった。自分が彼らのライブをどのように受け取るのか想像もつかなかったけれど、ドキドキでもワクワクでもなく、ただ、自分がここに来ることは必然だったと感じていた。

もうすぐ17時になろうかという時、突然、すぐ近くのスピーカーから大さんの声が聞こえてきた。騒つくフロアに「影アナです」と言い放つ大さんの自由さが、なんだか懐かしかった。「今日の公演はソールドアウトだからせーので全員一歩前に詰めること」「今回のワンマンライブは撮影禁止であること」等の注意事項が伝えられた後、「最初は静かに始まるよ」とライブの内容にまで言及し始めたので、それはライブ前に言っていいんだろうか、と笑ってしまった。

程なくして照明が落ちたステージに、服装を革ジャンで統一したメンバーが登場する。
各々が楽器を手に取る中、ドラムの嵩さんが「イヤホン忘れた」と言って慌てて楽屋に戻っていく。
大「よかった、雰囲気のあるライブじゃなくて」
健「あいつも緊張してんだな」
初っ端からなんともゆるりとした空気が流れる。

「最初は静かに始まるよ」という宣言通り、ワンマンライブは"Autopilot"で幕を開けた。
健仁さんのベースが真正面から響いて、全身を震わせる。自分が焦がれていた光景が目の前に広がり、大好きな音が身体中を満たしていく。涙が溢れたのは、きっと幸せすぎたから。

ストロボのように眩しい明滅を繰り返す照明が印象的だった"HYS"。この光の正体は何かと上を見て、蛍光灯のような照明が目に留まった時、大さんが「切れかけの蛍光灯 チカチカしてうぜえ」と歌って答え合わせ。

続く"デッドエンド"。自由に身体を揺らして音楽を楽しめるライブが好きだ。私にとって初めてのEnfantsのライブ、自分の心がどうなるかわからなかった不安がこのあたりで完全に解けた。私はちゃんとEnfantsの音楽が好きだった。

最初のMCで触れたのは、フランス語で"こどもたち"の意味を持つ『Enfants』というバンド名について。この言葉は大さんの人生において重要なワードだったという。
「29歳でこのバンドを始めた。30にもなってまだ夢を見て、もっと安定した職に就きなさい!と思われるかもしれない。でもどうしてもやりたかった。こどもだから」
そう話した大さんは、大人らしく在ることを諦めたような、力の抜けた柔らかな笑みをこぼした。
「先に言っとくけど、今日はアンコール無しの70分のライブ。70分で満足させられたら俺らの勝ち。勝負!」

直前のMCで大さんが付け足すように「今日は新曲いっぱいやります」と言い、次の曲が早速新曲だったわけですが、ここらで白状しますと私の頭に新曲の記憶が一切残っていないため、新曲部分については割愛します。

〜新曲〜

この辺りは少しゆったりしたゾーン。"化石になるまで"から"R.I.P."の繋ぎがすごく綺麗だったことは、絶対にここに書こうと思っていた。
真ちゃんのギターの音色が水面のように頭上に広がり、フロアが海の底に沈んでいるような感覚だった。いつだったか私の父親が、「真ちゃんのギターはオーロラ」と言ったことがある。頭上に揺らめく水面を想像して、オーロラというのも言い得て妙だなと思った。真ちゃんはギターの音色で景色を描くことができる。
ライブで聴いた"R.I.P."は、いつもより言葉が心のそばで響くような気がした。自分はまだEnfantsの歌詞をきちんと聞けていなかったのだなあと思った。この日以来、"R.I.P."がとても好きな曲になった。

ここはMC入る予定なかったのに大さんがMCを始めて、3人がドギマギしてたところ。通称"あたためタイム"。
「Enfantsの前にバンドをしていて、」と大さんが話をしかけて、「いや、この話は後でする。この話をしないとできない曲があるから」と次の曲へ。

"Drive Living Dead"、初めて聴いた時から曲調も歌詞も大好きな曲。実は"過去の話をしないとできない曲"ってこの曲のことかと思っていたので、ここでやるんだ、と少し驚いた。

メンバーが顔を見合わせ、タイミングを揃えてイントロを奏でる"惑星"。温かな夕陽のような照明が、曲調によく似合っていて美しかった。

〜新曲〜

ワンマンライブのタイトル『Obscure』について、「もうぐちゃぐちゃで、わけわかんなかったのよ」みたいな話し始め方だったと思う。Enfantsの前に在った、LAMP IN TERRENというバンドについて大さんは語り出した。
「あの頃は他3人と俺っていう、完全に3対1の構図になってた」
大さんがそうだったよね?と振り向くと、健仁さんがそうね、と応えた。このままじゃ駄目だと話し合う過程で、脱退の希望が持ち上がったと。
「また3対1の構図になることにビビって、Enfantsは現状俺のソロプロジェクトってことにしてる。誰かが別の道に進みたいって言っても、いつでも送り出してあげられるように」
テレンがそんなことになっているなんて知らなかった。知らずに、この人たちの音楽とずっと一緒に生きていけると、何の根拠もなく信じていた。彼らはファンが見たい面だけを、彼らがファンに見せたい部分だけを私たちに見せてくれていた。それは紛れもなく私たちへの優しさでもあった。
「健仁と真ちゃんがいたからここまで生きてこられたし、嵩と出会って、こいつとバンドやりてえ、こいつの我儘なら聞けるって思った」
もう殆ど愛の告白だった。思いがけずそんなことを言われた嵩さんが、驚いて目を丸くし、ワンテンポ遅れて少し照れていた。
「もうバンドって言っていいかな。ここで発表したら後で大人に怒られる?バンドやめたいとかない!?」
と捲し立てる大さんに、健仁さんが
「当たり前だろ!もしやめたかったらこんなワンマンだヤッター✊とかやってないよ!自信持てよ」
と頼もしく返す。

「俺は自分の人生に納得するために曲を作っている。みんなに聴いてもらうことは言うなれば"ついで"でしかない。その"ついで"がどうしようもなく愛おしい」
「音楽聴くのなんて、"ついで"くらいにしておいた方がいいよ」
大さんはそう言って笑ったけど、私にとっては既に"ついで"よりも大事になってしまっているから、もう手遅れなんだよな。
Enfantsのワンマンライブで、テレン時代に発表した曲を聴けるとは思っていなかったけれど、「この曲を作る時にはもうEnfantsをやろうと思っていた」と言うなら腑に落ちる。"ニューワールド・ガイダンス"は、LAMP IN TERRENとEnfantsが重なった部分なんだ。テレンのライブで聴いた時は、まだライブで声を上げるのも憚られるような世界だったような気がする。少なくとも、一緒に歌えた記憶が私には無かった。思い切り歌えるこの瞬間を、ずっと待っていたような気がした。

〜新曲〜

(この時点で開演から70分経過していることが判明する)
大「昨日歌詞を書き終えた新曲のカンペが無い」
大「見ないと絶対に間違える。カンペ無しでやるのは絶対に無理」
健「え、じゃあやらないの?」
大「俺をころしてくれ!!!」
大「……"心身二元論"とかやっとく?」
「「「!?!?!?」」」
真「言っちゃったらさあ……」
残念ながら、放たれた言葉を無かったことにはできない。
新曲のカンペが届くまでの時間稼ぎとして、急遽挟み込まれた"心身二元論"。テレンの頃からこういう場面は度々見てきた。トラブルにも対応できるポテンシャルの高さ。いや、大さんの気まぐれに対応せざるを得ない状況を作り出しているだけのような気もするが、こちらとしては嬉しい誤算だ。

曲を終えて、真ちゃんが「やってくれたな……」と恨めしそうに呟く。時間稼ぎが功を奏して、無事に新曲のカンペがステージに届けられた。タイトルは"プリズム"というらしい。例によって新曲に関する記憶は抜け落ちているが、大さんが足元のカンペをガン見していたことは覚えている。この日演奏された未発表の4曲のリリースが楽しみだ。

ラストに"Play"を持ってくるのは、なんかもうずるい。絶対楽しいに決まってるし、トぶに決まってる。アンコールって自分にとっては本編に満足できなかったからではなく、最高に楽しんだからこそこの空間を終わらせたくなくてするものだけど、これには流石にアンコール無しでも「参りました」と言ってしまう。完敗だった。圧倒的に負けたのに、清々しい気持ちを抱えてクアトロを後にした。


LAMP IN TERRENが好きだった。
テレンが活動を終了してから、「かける音楽に迷ったらテレン一択」というほど頻繁に聴いていたテレンの曲を聴くことができなくなった。意を決して再生してみても、心が躍るよりも、もうライブでこの曲たちを聴くことができないという悲しみの方が大きくなってしまうようになった。
テレンを聴けなくなってからというもの、あれほど必死になって追っていたメンバーの配信も、次第に見なくなっていった。平日だから、他の予定があるからと理由をつけて、ライブにも行かなかった。自分だけが前に進めず、いつまでも過去にしがみついていると思った。情けなくて、自分を嫌いになった。

Enfantsのワンマンを2,3ヶ月後に控えた頃、ようやくテレンの曲をかつてのように楽しんで聴けるようになった。きっかけは多分、健仁さんのインスタライブだったのだと思う。
インスタライブで健仁さんは、好きなものの話、美味しいものの話、もらった差し入れの話、日常の話、バンドやライブのことだけではなく、なんでもない話をたくさん聞かせてくれた。いつでもコメントや質問をたくさん拾ってくれた。健仁さんの好きだったところが全く変わっていなくて、ひどく安心した。それから、健仁さんがEnfantsの音楽を揺るぎなく信じていることもわかってきた。そういうところも、テレンの頃から全然変わっていないと思った。
ある日、久しぶりにテレンの曲を聴いてみると、もう悲しみを感じることはなくて、この曲をライブで演奏した時のここが好きだったなとか、やっぱここのベースラインがかっこいいよなとか、あの時のライブではこんなことがあったなとか、そういう楽しかった記憶が幾つも蘇った。その時、初めていろんなことをちゃんと過去にできたような気がした。
テレンのことを好きだった時のことを置いてけぼりにして、前に進まなければいけないと思い込んでいたのだろうか。そんなことできるわけがないのに。全部抱えたまま前を向くことが、私にとって"ちゃんと過去にすること"だったのだとようやくわかった。私はこれに気づくまでに3年近くかかってしまったけれど、遅すぎることはない。自ら手を伸ばせば、いつでもEnfantsの音楽の中に自分の居場所を見出すことができるのだ。

追伸
ワンマンライブの帰り道、「また書くんですか?」と、どこか嬉しそうに訊いてくれた君へ。
私はもう誰かのために何かを書くのはやめた。全部自分のために書くと決めたけど、これだけは特別に、半分くらいは君のために書いたと言わせてもらうね。

1. Autopilot
2. HYS
3. デッドエンド
4. (新曲)
5. 化石になるまで
6. R.I.P.
7. Drive Living Dead
8. 惑星
9. (新曲)
10. ニューワールド・ガイダンス
11. (新曲)
12. 心身二元論
13. プリズム(新曲)
14. Play