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【小説】あかねいろー第2部ー 56)さあ、初戦!

 僕は順調に回復していった。
 詩音と会った週には走ることに取り組み、翌週の診察ではコンタクト練習にGOサインが出る。コンタクト練習は、痛みなどを確認しながら、フルパワーではなくて、7分程度の力でやるようにということだった。しかし、練習の中で違和感は感じられなかった。来週の診察で再度OKが出れば完全復活できる。

 その前の日曜日が、僕らにとっての花園予選の初戦になる。1回戦はシードされているので、2回戦からの登場。相手は大沢南。同地区のライバル校であり、3年前は僕らより早くベスト8まで行っている。去年はベスト16で戦い、ラインアウトで大苦戦をし、最後のワンプレーでかろうじて逆転をした。
 しかし今年は、戦力的にはかなりの差があると目されている。僕らは総合力では県で3番目の評価になっていた。朝丘、廣川工業がNO.1で、僕らと桜渓大付属ともう1チームが3番手で並び、その中でも、FWで超高校級の戦力を揃える僕らは、一歩抜けた存在で、爆発すれば花園行きも十分にあり得るという評価だった。それに対して大沢南は、春の新人戦も1回戦で負けてしまっており、今年はベスト16まで行くのも難しいのではないかという評価だった。ただ、献身的なタックルは評価が高く、ディフェンス力だけはベスト16ゾーンのチームの中では抜けた評価を得ていた。
 僕らとしては、初戦に大沢南と当たるということで、十分に緊張感はあった。その辺の合同チームとかだと100点ゲームになりそうだけれど、大沢南は、僕らにしっかり照準を絞って勝ちに来るだろうから、決して簡単な戦いにはならないだろうと思われた。
 ただ、それでも、この1戦に賭ける、という思いはまるでなかった。それは当然だ。僕らの最初の照準は、あくまでベスト8での桜渓大付属との試合だ。ここをとにかく勝ち抜かないことには、花園も何もあったものではない。そして、僕も、その試合で復帰をすることがプランだった。無理をすれば、ベスト16の試合にも出れそうだったけれど、予想される相手を鑑みる限り、無理をする必要はなさそうだった。
 
 9月29日。日曜日。会場は県の北部のラグビー場の第1グラウンド。今日、ここの2つのグラウンドでベスト32の16試合のうち8試合が一気に行われる。Aシードは第1グラウンドで、Bシードは第2グラウンドでの試合となる。初戦から、W杯も行われた会場で試合ができることに、Aシードになったことを実感する。
 第4シードの僕らの試合は朝の9時30分から。朝は学校に6時に集まり、バスで移動して7時半には着く。
 このグラウンドで試合をするのは、去年のベスト8での廣川工業との試合以来だ。8時がロッカールームが開く時間だったので、2、30分、駐車場から、メインスタンドの観客席の入り口の方にまわり、広い広い階段の前に立つ。そして、何人かで肩を組み写真を撮る。写真を撮ると、その階段に座って、公園の方を見る。
「そういえば、谷杉って試合見に来るの?」
NO.8の大野が、ふと思い出す。
「いや、今日は来ない。だって、あいつの夕ヶ丘西も今日試合だろ」
一太がいう。
「勝てそうなの?」
「難しいみたいよ。そもそも初戦は、西地区の合同チームが相手だから勝ったようなもので。2回戦は東部台」
「無理だな、それは」
「ということは、次は来るか」
「来るだろう、たぶん」
谷杉が去って半年。僕らだけでチームを作ってきた、とは思っていない。やっぱり僕らのチームの基礎と土台は、谷杉が作ってきたものだし、僕らは谷杉の思想でラグビーをやっていると自覚している、ある意味自負している。

 8時すぎにロッカールームへ入り着替える。向こう側のロッカールームにも大沢南のメンバーがやってくる。さらに廊下には次の試合のチームもちらちら見えてくる。吉岡先生は本部へいき、とにかくあちこちに頭を下げて挨拶をしている。ラグビー業界には全く面識のない人なので「俺が一番緊張するよ・・」ということだった。大人には大人の事情がある。
 初戦のメンバーは、基本的には現状のベストメンバーを揃える。なんといっても初戦だ。緊張するなという方が無理だし、相手は骨っぽい。手を抜ける状態ではない。僕の代わりにFBには2年生の仁田が入る。あとは、ロックに1名、2年生の、次のキャプテンになるだろう堀下を入れた。ここは、彼もレギュラーと引けを取らない。
 流石に、いつもは口の軽い仁田も、今日ばかりは緊張でガチガチになっていた。僕の代役だ。そして、今日は相手がキックゲームに賭けてくることは十分に予想され、仁田のところのキック処理と、その後のテリトリーキックが大事になってくると思われた。
「とにかく、真ん中でいいから、大きく蹴り返せばいい。下手にコーナーを狙ってダイレクトは絶対に避けたい。それと、ハイパンとは、風もあるし、まだお前は精度も低いから。ける時は、まっすぐ大きく蹴り返せ。あとはタックルするさ、みんなが」
前日のアタックディフェンスでは、何度も僕とそういう話をしてきた。点差ができるまでは、仁田の好きなランニングは、明日は我慢しよう、と。
「大丈夫っすかね、俺。言って、公式戦で先発するの初めてんなんすけど・・」
ヘッドキャップの紐をなかなか締められないくらいに手が震えている。わかるよ。わかる。でもしょうがない。
「ミスったら、その数だけ農村させるさ。お前だけじゃなくて、2年全員」
そんな軽口にも、あまり乗ってこない。僕は、彼の肩を数回もみほぐす。いいんだよ。この状況で緊張しない方が心配だ。怖くて、不安で、泣きたくて、緊張でたまらない、そういうお前なら、絶対大丈夫だよ。間違いない。そう思いを込める。口には出さない。
「死んでこい」
そう言って仁田のケツを思いっきり引っ叩く。

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