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「浮雲」成瀬巳喜男

「浮雲」1955年

成瀬巳喜男監督

高峰秀子(幸田ゆき子)

森雅之 (富岡兼吾)

岡田茉莉子(おせい)

戦時下のインドネシア。農林省の技師として出向していた富岡とタイピストしてわたってきた幸田が出会うところから始まる。

戦争そのものは描かれていないが、戦争を支える技師達の現地での生活の一端が分かり興味深い。末端兵士が泥沼のような戦いを強いられているいる一方、官吏たちはそれなりに優雅ともいえる生活を謳歌していたと言えなくもない。戦争は鉄砲を撃つ兵士だけでなく、富岡のような技師、おそらく日本で食い詰めてインドネシアにタイピストとしてわたってきた幸田のような女性まで否応なく巻き込んでいく。限りなく愚劣な戦争であったにしろ、そこでの生活は内地での型にはまった仕事や息苦しい人間関係から離れた一時的な理想郷があったとしても不思議ではない。内地に妻を残して赴任している初老の渋い男と不安と投げやりのはざまにいる若い女が恋に堕ちるのは必然だろう。

終戦の後引き上げてからは、お決まりの煮え切らない男のグタグタが始まる。女房とも別れられない、と言って幸田とも切れない。一緒に行った温泉地で新しい女(岡田茉莉子)といい仲になってしまう。森雅之や池辺良はこの手の煮え切らない男を描いたら天下一品だ。

そして幸田も典型的なグダグダの女だ。米兵の囲い者になったり、昔馴染みのインチキ祈祷師の女になって小金を稼いだりしながら、結局富岡が忘れられず、富岡の新しい赴任地屋久島まで付いて行きそこであっけなく肺病で死んでしまう。

見ようによっては何とも救いようのない話だ。

しかし、成瀬巳喜男はこの救いようのない話と、男と女の感情の揺れ動くさまを丹念に追っていく。ここには冷ややかな目はない。

高峰秀子は実はあまりきちんと観たことがなかった。「24の瞳」の明るく誠実な女教師のイメージしかなかったので、このようなアンニュイで冷たい情熱を奥に秘めたような役者とは想像もしていなかった。

岸恵子や若尾文子に連なる美形でもない。ちょい役で出てくる岡田茉莉子の端正な顔がずっと際立って見える。

田舎町に一人や二人はいそうなちょっと可愛い顔立ちをした平凡な女の子といった風情が、このような怪しい感情の襞を投げかけてくる、これは富岡と言えずともたまらないかもしれない。

複雑な生い立ちや、その後独特の感性で文章を書いていたこと、一時骨董品店をやっていたことなど、この女優を見る目が一変した。


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