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亜欧堂田善の解剖学図と奈良の金剛力士像

江戸時代後期に活躍した洋風画家 亜欧堂田善あおうどうでんぜん
彼の画業を辿る企画展へ行ってきました。


亜欧堂田善あおうどう でんぜん
(1748~1822)は、今の福島県、白河藩主の命によって西洋の銅版画技巧を学び、独自の銅版画を作りあげたことで知られています。
さらに洋画の技法を研究し、まだ日本になかった絵具えのぐを自ら作り洋風画を描いたという、江戸時代の〝美術界〟のパイオニアとしての顔も持っていました。


まだ〝美術〟という言葉すら無かった江戸時代、
それまでは特権階級の人など一部の人たちのものであった〝絵〟が、大衆の楽しみとして広まり始めた頃でもあります。

江戸などでは絵草子屋えぞうしや(挿絵を多く入れた大衆向けの読み物などを扱う〝出版社 兼 書店〟)が、葛飾北斎や歌川広重の浮世絵を店頭に並べ、一般市民の人気を博したと言われています。


日本はまだ鎖国中、
西洋の銅版画法の主な先生となるのは、僅かに入手できた〝オランダの書籍〟であったようです。
亜欧堂田善あおうどう でんぜんは、それを頼りに技術を身に着け、独自の銅版画を制作していきました。

作品を見ると、これが銅版画⁉と驚く緻密さです。

千葉市美術館にて


さらにこの銅版画の技術のみならず「洋風画」も制作します。

それまで日本にはなかった遠近法や陰影法といった西洋独自の技法を学び絵具を手作りして、洋画に近い〝洋風画〟を作成するのです。

日本×西洋の技法は、面白い作品を生んでいます。
背景には遠近法を取り入れつつ、題材は浮世絵と同様で、和であるような洋であるような。
背の高い力士は、まるでオランダ人を真似たようにな体形に思えますね。

パンフレットから


そんな銅版画や洋風画とは別に、銅版画の解剖図も制作しています。
日本の解剖学と言えば杉田玄白らの「解体新書」が知られるところですが、それに続いて作られた、日本初の銅版画による解剖図「医範提綱内象銅版図いはんていこうないしょうどうはんずに携わっているのです。

千葉市美術館にて


画家×解剖図と言えば、
ルネサンス期の画家レオナルド・ダ・ヴィンチが、詳細な解剖の素描やメモを残したことで知られています。

当初は人体を描く際の写実性を高めるために、解剖をおこないスケッチを描いていたようですが、後には人体そのものに興味を抱いて、多くの解剖をおこない記録を残したようです。

亜欧堂田善あおうどう でんぜんが解剖図を描いたのは偶然のことであったかもしれませんが、きっと後には人物を表現するのに役立ったことでしょう。


芸術的表現のため解剖学は、
現在では「美術解剖学」と言われています。
骨格や筋などの内部構造を学ぶことで、人体を描く時に表にあらわれる筋肉などをよりリアルに描けるようになると言われています。
今ではプロの画家のみならず、趣味でイラストやを描く人などにも学ばれているようです。



亜欧堂田善あおうどう でんぜんの解剖図を鑑賞するのと前後して、筋肉隆々の奈良の仏像をじっくりと見る機会に恵まれました。

これは奈良県金峯山寺きんぷせんじ仁王門の1338~9年頃に造られた木造金剛力士立像です。
金峯山寺きんぷせんじ仁王門の改修工事に伴って、現在奈良国立博物館に展示されています。

奈良国立博物館


なんと5メートルに達する大きさ!
もの凄い迫力!
体の筋肉のリアルな表現は、波打つように生き生きと感じられます。


仏像が朝鮮半島の百済から伝わったのは6世紀半ば、その後飛鳥時代になって日本の仏像づくりの歴史が始まります。

仏像の造形は、断続的に朝鮮半島、そして大陸からの影響がもたらされてきましたが、その中でも少しづつ日本独自の想像力が見られるようになっていきます。

仏教の守護神である金剛力士。
金峯山寺きんぷせんじの金剛力士立像が誕生した100年以上前の鎌倉時代初期には、あの有名な東大寺の金剛力士像(1203年)が運慶によって作られました。
この金剛力士立像と同じく、力強く、実在感がある造形は、鎌倉武士の好みに合った作風であると見られています。


荒々しく、ダイナミックな表現、
凄まじい形相の忿怒面
腕や足の筋肉はまるでボデイビルダーのようです。

奈良国立博物館


ここまでのリアル感はひょっとすると解剖学からの表現⁉

そう思ってよく見ると、胸や腹廻りがどうもおかしいような。
亜欧堂田善あおうどう でんぜんの解剖図と比べてみても、正確な骨格や筋といった人体の仕組みとは少し違っているように感じます。

〝想像されて作られた〟と考えるのが良いようですね。
でもその想像の造形が、実物を超えた迫力や勢い、生き生きとした存在感を生み出しているように感じられます。



美術という言葉は、明治6年 (1873年)に日本政府が初めて公式に参加したウィーン万博を機に使い始められました。

これよりはるか以前から、表現の追求をおこなってきた芸術家たち、
日本のみならず世界中で同じことがなされていると思うと、アートの奥深さや面白さを一層に感じます。


*参考図書
日本の仏像  薬師寺君子 著 西東社
西洋美術史  高階秀爾 監修 美術出版社
歴史編 日本美術史  山下裕二・高岸輝 監修 美術出版社


最後までお読みくださり有難うございました☆彡

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