目覚めた瞬間からしあわせだった
“あ、そうだ。
家にガラスペンがあったんだ”
起きたてで、まだ頭がぼんやりしているなか、不意に思い出された。
昨日、購入したガラスペンのこと。
その瞬間、なんともいえない幸福感に包まれたんだ。これは、どう言い表したらいいだろう。
そんなふうに考えていると、「星の王子さま」のある一節を思い出した。
まだ子供だったころ、私は古い家に住んでいた。その家には宝物が埋められているという言い伝えがあった。もちろん誰もその宝物を発見したものはなかった。探そうという人もいなかったのだろう。でも家中が魔法にかかっているようだった。私の家はその奥深いところに秘密を隠しもっていたのだ……。
「星の王子さま」より
“家中が魔法のかかったかのよう”
とは言わないまでも、自分の知らなかった領域に足を踏み入れた真新しさ、心から大好きなものが家にあるという喜びを思うと、
“今までの家と同じのようで、同じではない”
それは、「星の王子さま」の真意となるところに近しいものを感じた。
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話はガラスペンを買う前のこと。
万年筆を使って手書きで好きなことばを書き始めた。
子育ての合間に、時間を見つけては、カキカキ、書き書き…。
Instagramを開設し、書いた作品を投稿する。
投稿20ごとに、
「新しいアイテムを買っていい!」
と自分にちょっとした楽しみも付け加えた。
素敵な色味のインクを次々と発掘し、
「こんな世界があったんだ!」
と、それもまた歓びの一つになっていた。
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20個の投稿を終え、まずは一つ。
万年筆用のインクをお迎え。
悩み抜いて、選抜したインク。
ただ、そこで新たな悩みが生まれた。
インクを手に入れたのはいいが、新しいインクに変えるには、万年筆の場合、どうやら洗浄する必要があるらしい。
そんなに難しい作業ではないにしろ、洗浄、乾燥、新たなインクの注入、という手順は、結構な時間を要する。
手軽にインクの色を変えるのは難しそう…。
ていねいに時間をかけて万年筆のインク替えを楽しむのも一つだけど、ふと、新たなアイデアが生まれた。
「ガラスペンはどうだろう…」
でも、すぐに、
「いやいや、万年筆を買ったばかりだし」
「万年筆で手書きをするって決めたんだし」
と頭の中でストップがかかる。
そうだよね、万年筆にもようやく慣れてきて楽しくなってきたしなぁ〜と、その場では自分を納得させた。
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Instagramの投稿を続けていると、フォローしている方の投稿に目が留まる。
そこでは、ガラスペンの姿もチラホラと。
う〜ん。(でもなぁ…)
たまたま手にとった本がガラス工房のお話で、ますますガラスペンに興味がそそられる。
う〜ん。(でもなぁ…)
そこで、夫に何気なく相談してみた。
①インクを変える時に、今使っている万年筆を洗浄して使うか。
②インクを手軽に変えられるガラスペンを購入するか。
③万年筆のつけペンというのもあるらしく、つけペンにするか。
夫の返答に迷いはなく、
「ガラスペン買ったら?」と。
うん、一番心惹かれるのは、自分でもガラスペンってわかってる。でも、頭がそれを否定していた。頭で考えると、妥協や我慢が必要な選択をしてしまう。その方が安全だから。
心を主体にすると、はっきり言ってこわい。選択が間違っているような気もする。でも無性に惹かれるし、わくわくする未来しか見えない。
夫の言葉に、
「うんうん、やっぱりそうだよね」
と背中を押された。
そうして、ようやくガラスペンを買うことに決めることができた。
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どのガラスペンにするかも散々悩むことになる。
ガラスペンは手作り。
作り手さんの人となりが感じられて、はじめて、「その人から買いたい」と思うもの。
だから、作品だけでなく、Instagramの投稿内容などからも感じられる空気感を大事に選ぼうと思った。
ガラスペンは一点もの。
同じ種類はあるものの、一つとして、同じ柄、形はない。
実際に目で確かめたい。
触れて、自分の感じるものがどう変化するのかも、味わいたい。
また、お店に行くまでのストーリーも楽しみたい。
そう思うと、オンライン注文での購入ではなく、店舗での購入にしようと思った。
そして、やっと、手にしたいガラスペンのお店を見つけることができて、
「行きたいな〜。でも、ちょっと遠いしな〜」
と、例のごとく、ぶつくさと言ってばかりで、重い腰が上がらないわたしに、
夫が、
「明日行こう!」
と言ってくれ、ガラスペン購入の旅が実現することになる。
冷静に考えてほしい。
0歳の赤ちゃんがいて、片道2時間弱もかかる移動。何の生産性にもならない買い物である。
それを、わたしの思いを大事に受け止めてくれ、背中まで押してくれる夫のやさしさ。
なんとありがたいことか。
そう、何の生産性にもならないよ。
だけど、自分の心にしたがって生きているわたしにとって、すごく大切にしたいことなのだ。
・
ガラスペン購入の旅。
この日は、夫とわたし、何度、
「最高すぎる」と言葉を交わしたかわからない。
それくらい、最高だった。
ガラスペンのお店のaunさん。
そのお店に至るまでの道のりも、お店の雰囲気も、迎えてくださったスタッフの方々も、ガラスペンの煌めきも、もうすべてが最高で、最高しか出てこなかった。
幸せすぎる時間。
その日は、二度自分の口を噛んで、口内炎が痛すぎたし、腹痛気味で帰り道、急な激痛にやられたりしたけど、それさえも、幸せなレシピの隠し味のスパイスに思えるくらい、すべてが最高な一日だった。
いいのがあれば買おうかな、という気持ちだったのだけど、結局、二本、お持ち帰りさせていただいた。
それも、当たり前のように一本だけ買うつもりで、「これにしよう」と一本は決めていたのだけど、行く前に見ていたInstagramの投稿で目にしたガラスペンが店頭に置かれていなかったので、ちょっと勇気を振り絞って、
「あれはないのですか?」と聞いてみたのだ。
残念ながら、そのガラスペンはすでに売られてしまったとのこと。肩を落としたわたしに、店の奥から、
「まだ店頭に出していないのだけど…」と、他のガラスペンを見せていただいた。
その中に、もう直球ど真ん中で大好きな色味のガラスペンが!
好きなのが二つになってしまって、どちらにしようか悩みあぐねていたところ、
救世主の夫が、
「二つとも買ったら?」と。
二つ買うという選択肢は初めから考えもしなかったので、枠が外れた瞬間だった。
ということで、大好きな二本をお持ち帰り。
・
この話は、「ただガラスペンを買いました!」という報告の話だとも思う。
でも、この話は目に見えない数々の心の揺れ動きによって導かれた奇跡の話でもある。
ガラスペンを買いたい、という自分の気持ちを大切にできたこと。
夫が自分の気持ちを大切にしてくれて、行動に移すきっかけを与えてくれたこと。
勇気を出して一歩踏み込んだ質問をし、理想以上のガラスペンに出会えたこと。
わたしはガラスペンを手にしながら、自分の気持ちを大切にすることで出会えた奇跡を、常にすぐそばで感じることができるわけである。
お店の前で出会ったエゾムラサキツツジを、地元で見かけるたびに、あの最高な一日を思い出すのだろう。毎年、4月になると、そんな幸せな思い出を振り返るプレゼントまでもらってしまったのだ。
“かんじんなことは、目に見えないんだよ”
「星の王子さま」より
本当にそうだ。
その最たるものを実感するストーリーだった。
夫に。
いつもありがとう。
サポートとそのお気持ちは、創作や家族の居場所づくりのために還元できたらと思ってます。