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10.古代メソポタミアでのアーチ橋発明ートゥールーズのボンヌフ橋ー

メソポタミア文明の誕生

 人類の歴史上にはエポックメイキングな出来事がある。その多くは、気候変動によって引き起こされた。
 長かった氷河期が終わると紀元前6000年頃からヒプシサーマルと呼ばれる気候温暖化が始まり、大型動物の生息地であるステップ(草原)が森林に覆われることで、食糧危機が引き起こされた。

 これに対して、人類は農耕と牧畜による生活方式を発見して対応する。しかし、紀元前3000年頃に寒冷化が始まり、アジア・アフリカ地域の北緯35度以南の降雨量が激減して砂漠が広がった。人類は大河のほとりに集まることで、古代文明が相次いで誕生した

 ナイル川の流域ではエジプト文明が、チグリス川とユーフラテス川の間ではメソポタミア文明が発展するが、いずれも乾燥地帯であり森林は存在しない。これらの古代文明は、その後の気候変動に伴い盛衰を繰り返す中で戦いにより消滅した。

図1 気候変動と文明の盛衰 出典:講談社ブルーバックス「分散型エネルギー」

古代メソポタミアでのアーチ橋発明

 温帯から亜熱帯に位置する日本では、橋の材料として当然のごとく豊富に存在する石材、木材、つるを使うことを考えた。しかし、乾燥地帯では、この常識は通用せず、豊富に存在する砂が使われた。


 昔、エジプトの軍隊がメソポタミアに侵攻したとき、川が南に流れているのをみて腰を抜かした。エジプトでは川は北に流れるのが常識であったから。常識という先入観がもたらす危険性を示す逸話である。


 世界的にみると石橋の歴史は古く、紀元前4000~3000年の古代メソポタミアにさかのぼる。紀元前2200年頃には、バビロンのユーフラテス川に橋長:200m、全幅:9mの煉瓦積みアーチ橋が架けられた記録がある。

 乾燥地帯であったメソポタミアでは豊富に存在する砂を使い、住居用の建設資材としての日干し煉瓦ひぼしれんが造りが始まり、その後、焼いて固めた焼成しょうせい煉瓦が造られるようになった。

 高強度の焼成煉瓦の発明で、宮殿などの大型構造物の建造が可能となり、その過程で天井を支えるアーチ構造が創造されたと考えられる。創造的思考の垂直展開(イノベーション)が起きた瞬間である。

 アーチ構造は、古代のギリシャやエジプトでは多用されなかったが、エトルリア(イタリア中部の古代国家)を経て、紀元前後にはローマに伝わり、古代ローマ時代には欧州各地に石造りアーチ橋が広がった

古代ローマで広がった石造りアーチ橋

 古代ローマ時代の初期に建造された橋は、半円アーチ橋であった。ローマ市内テヴェレ川に現存する紀元前62年に建設されたファブリキウス橋(Pons Fabricius)が有名である。
  橋長:62m、全幅:5.5mの2連アーチ橋(眼鏡橋)で、石灰岩製で表面の化粧板には大理石が用いられた。また、中央の橋脚にはアーチ形状の洪水開口部が開けられている。

 ローマ帝国の最盛期には、欧州各地でアーチ水道橋が建造された。スペイン・セゴビアの中心部に建造されたセゴビア水道橋(Aqueduct of Segovia)は、現存する水道橋の中でも最大規模である。 
 紀元1世紀頃に建造され、中央部分は2層構造(2階建て)で高さは基礎部分を含めて最高で28mに達する。橋長:728m、全幅:4mの花崗岩製の多連アーチ橋で、スパン:約6mの半円アーチが119基も整然と並び、大小合わせて166基のアーチが確認できる。

 15~16世紀には、石造りアーチ橋が半円アーチから扁平円弧アーチへと技術革新が生じる。半円アーチ橋では橋の高さが径間(スパン)の1/2となるが、扁平円弧アーチ橋では橋の高さを抑えてスパンを長くとれる。
 石造りアーチ橋の建造は、あらかじめ組まれたの上に煉瓦や切石を積み上げて架橋される。しかし、偏平円弧アーチ橋が造られ始めたころ、支保工をはずすと落橋するケースが多発した。そのため、アーチ橋の設計技術が大きく進歩することになる。

 古代ローマ帝国は西暦395年に東西に分裂した後、東ローマ帝国は1453年にオスマン帝国によって滅ぼされた。古代ローマ帝国が滅亡した後、石造りアーチ橋の技術はササン朝ペルシャに伝わり、シルクロードを通って中国へ伝わったと考えられている。

トゥールーズ・ガロンヌ川に架かるポンヌフ橋

 フランス・トゥールーズのガロンヌ川に架かるポンヌフ(Pont Neuf)橋は、トゥールーズの橋の中では最も長い歴史をもち、1543年に着工し、1659年にルイ14世により正式に開通された。
 しかし、ポンヌフとは「新しい橋」の意味である。この意味するところは建造当時における「斬新な橋」といってよいであろう。 

写真1 トゥールーズのガロンヌ川に架かる扁平アーチのポンヌフ橋

 約1世紀をかけて建造された橋長:220m、全幅:20mの石造り/煉瓦積みの8連扁平円弧アーチ橋には、完成度の高さと共に自由な美しさが感じられる。ルネッサンス後期の傑作である。
 橋脚には洪水開口部が配置されおり、橋の軽量化とともにデザインの美しさを演出している。また、橋脚には水切が見られる。

写真2 ガロンヌ川に架かるポンヌフ橋越に遠景をみる

 また、トゥールーズ郊外のミディー運河には、さらに扁平度を増した円弧アーチ橋が架けられている。

写真3 大西洋に注ぐガロンヌ川と地中海の港町セートを結ぶミディ運河に架かる扁平アーチ橋

 その後、欧州での石造りアーチ橋には技術的に大きな進歩はなく、架橋技術が成熟化すると共に、より一層の美麗化が進む

 しかし、煉瓦積み/石造りアーチ橋を架橋するためには膨大な量の石材を必要とするため、高額な費用と架橋に長期間を要する問題があった。そのため、さらなる橋の長大化に向けては、創造的なアイデアが必要である。 


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