曖昧な記憶に支配される私の根元

私の中で曖昧な記憶となっている話であるのだが、それが酷く私の元となる一部になっているような気がする。
 
 ただ、生物室でカエルの解剖をしたという記憶は確かだったはずである。
カエルを机の上に置いて、クラスの一人一人にハサミを渡してくれた。先生は「このハサミは良く切れるから気を付けてね」と、強く言っていたのを覚えている。
ハサミは鈍く濃い藍色をしていて、反射した姿に私が映っていた。

 机の上に置いてあるカエルは、私に真っ白な肌を見せてくれていた。思えば、事前に先生が洗ってくれていたのかもしれない。

「それではみなさん、慎重に肛門にハサミの先を入れて切っていきましょう」

私はハサミの先をカエルにある下半身の穴に入れた。ぬるりとした触感がハサミから肌に伝わった。

そうして私は、ジョキリとカエルの腹を裂いた。白い腹に、私と同じ赤い血が流れていった。でもそれは、犬でも魚でも大体同じことだから不思議にはならなかった。

そうして腹をさばいて開いてみたら、腹の中に色々入っていた。大量の血液の中に球体みたいなと長いのとがあって、中でも強く印象に残っているのは菊のような色をした塊だった。

 後に先生が授業で、心臓がどこでとか肝臓がどこでとか肺があるのを説明してくれた。黄色いのは脂肪体というものであった。

 先生は一通り説明し終わったあと、クラス皆の席を一人ずつ見ていって、頷いていた。先生が私の席に来た時には、一番深く頷いているような気がした。

最後にカエルにお礼を言って、生ごみの袋に捨てた。袋には解剖されたペラペラになったカエルが袋の下半分にミチミチに貯まっていた。

ハサミは先生が大切そうに全員分回収していった。花模様でアルミ製の菓子箱の中に、藍色の刃が並べられていた。
 
ここから先、記憶があいまいになる。

放課後、先生から呼び出された。場所はカエルを解剖した生物室だった。生物室には私一人しかいなかった。

先生は私に向かって
「あなたは、一番良く解剖できていたからこれをあげる」

 そう言いながら大層嬉しそうに、私の手の中にあの藍色のハサミを置いて、握らせた。私は酷く戸惑ったのと同時に、心がとても弾んだ。
 そしてハサミを両手でぎゅっと握り締めた。

 「このハサミでは、なんでも解剖できるからね。中身が見たいものがあったら開けると良い」

 先生は私の目を見ながらそう言った。その目が、どんな目をしていたか思い出せない。多分、喜んでいたんだと思う。でももしかしたら違うかもしれない。

 帰り道私は、ハサミを抱えて歩いていた。その日はとても暗かった気がするから、恐らく冬が近かった頃なのかもしれない。幼い時だから、暑いとか寒いとかは極端じゃないと、あまり関係がなかったような気がする。

 私はなにを解剖しようか、そのことで頭がいっぱいだった。でも生き物の中身は大体一緒だから、あまり興味が湧かなかった。それと、幼いなりに罪の意識があったので止めた。
 かといって昆虫にするのもなにか面白みに欠けていた。

だから私は発想を変えて、先生が言っていた「なんでも解剖できる」ことに注目した。

固いものでも切れるんだろうか、そう思った時に目の前にあったのが一本の灰色の電柱だった。

 電柱は灰色で、チラシも貼っていない。一本の円柱でしかなかった。見上げると線でつながっている。そんなくらいのもの。

 私は試しに電柱の真ん中に向かって、ハサミの刃を突き立てた。
 電柱に刃が刺さり、カエルの腹と同じくらい簡単にハサミが通った。私は、面白くなって、そのままジョキジョキと切っていった。

 ハサミを抜いて、電柱の中を開くと中に人間っぽい生命体が入っていた。電柱の中に、人間がいたのである。

 人間と描写したが、実際のところは人間ではないと思う。ただ電柱の中に、顔のない頭と首と胴体があった。腕は生えていなかったし、足は一本だった。
 身長は大体、先生と同じくらいだった。人間の体の外には大量の紐が通っており、電柱の表皮と繋がっていた。

 それが見てはいけないものだと、幼い私にもわかった。私は電柱を閉じようとしたが、一度開いた電柱の口はダラリと開いたままだった。

 私は、警察が来たら捕まると思って慌てて逃げた。ハサミはその後、机の奥深くの中に閉まった。

 そこで私の中で確かでない記憶が終わる。ただ、私は、その確かでない記憶にずっと支配されている。

そうして、なにも中身が見られなくなった。
菓子箱の蓋すらも開けられなくなってしまった。
風呂の蓋も開けられなかった。

 思い出して、今気づいたことがある。

先生が私を見ていたあの目、あの人は多分私を目玉で見ていただけで、心から見ることはもうできなかったんだろう。今の私が、うっすらそうだから。
おわり

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