Appleの金融業参入の衝撃と分化していく金融サービスの担い手
この記事はFinatextグループ10周年記念アドベントカレンダーの26日目の記事です。
昨日は片山さんが「スタートアップのプロダクトマネージャーに向けた採用のエッセンス」という記事を公開しています。
Appleが「Embedded Finance(組み込み型金融)」として、米国で4月に提供を開始した預金サービスが、わずか3ヶ月半で100億ドルもの預金額を集めたという衝撃的なニュースは最近話題となりました。
その後、11月にはゴールドマンサックスとの提携解消という更に衝撃的なニュースが出てきましたが、サービス停止ではなく、あくまでも提携解消であり、Appleは引き続き金融サービスを手掛けていくと考えられています。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOが「Silicon Valley is coming(シリコンバレーがやってくる)」と警戒を示したのは2015年。それから8年が過ぎ、いよいよ米IT大手企業群「GAFA」と呼ばれるプラットフォーマーが既存の金融機関に大きな危機感を与える規模のサービスを提供するようになってきています。
今回は「Embedded Finance」の事例として最新かつ王道なパターンとしてAppleの事例を整理して紹介しつつ、これから金融サービスの担い手がどのように分化していくのか考えていきたいと思います。
アップルは、高いブランド力と「iPhone」という端末を武器に2014年からモバイル決済サービスの提供を開始し金融業に参入しました。2017年には、個人間送金サービス「Apple Cash」、2019年にはクレジットサービス「Apple Card」、そして2023年からあと払いサービス「Apple Pay Later」と預金サービス「Apple Savings」の提供を開始しています。
<Appleが提供する金融サービスの概要>
各サービスのうち、クレジットカード「Apple Card」と預金サービス「Apple Savings」については、ゴールドマン・サックスが金融商品の組成・運営を担っており、アップルはブランドとしてライセンスを持たずサービスの提供だけを行っています。
預金サービス「Apple savings」は、金利が4.15%と非常に高く設定されているため、上述したようにわずか3ヶ月半で100億ドルもの預金額を集めることができたように思われがちですが、高金利の環境下にあるアメリカでは、米金融大手Capital Oneが金利4.3%の預金サービスを提供していることなどからもわかる通り、この水準の金利が付く預金サービスは少なくありません。そのような中で、何年間もサービスを運営している主要チャレンジャーバンクの規模と比較してみても、わずか3ヶ月半で預金額100億ドルの規模にまで成長しているアップルは目を見張るものがあります。
<主要チャレンジャーバンクの預金残高>
こうした動きは米国だけではありません。日本でもLINEやメルカリといった大手プラットフォーマーが金融業に参入し、大きな成長を遂げています。
<LINEポケットマネーの累計融資実行額の推移(億円)>
<メルカリのFintech Creditサービスの債権残高(億円)>
このように、アップルをはじめとする巨大なプラットフォーマーの参入が増えていったとき、金融サービスの担い手は全てプラットフォーマーに集約されていってしまうのでしょうか。
私は、今後マスサービスとニッチサービス/オンライン中心かオフライン中心かで担い手がより分かれていくと考えています。
1. マスサービス×オンライン
少額かつオンラインで広く誰もが利用できるマスサービスは、やはりメガプラットフォーマーが担うでしょう。アップルやLINEなど、毎日高頻度で使う慣れ親しんだサービスからそのまま金融サービスを利用できるようになると利便性は非常に高くなります。前述の「Apple Savings」ですと、「Apple Card」を保有してれば即時に口座開設ができるという「手軽さ」も預金額が伸びた重要な要素だったと思います。マスサービスは、アップルとゴールドマン・サックスのように巨大プラットフォーマーがブランドとしてサービスを提供して顧客接点を持ちつつ、裏側で大手金融機関が巨大プラットフォーマーの様々な要望を支えるような構図になっていくことが予想されます。
2. マスサービス×オフライン
一方で、マスサービスの中でもオフライン(対面)でのサービス提供が望まれることも依然あると思います。例えば、生命保険がそれにあたります。生命保険は高額なだけでなく内容が非常に複雑であるため、最終的にオンラインで契約をするにしても、話は直接聞いて決めたいというニーズは残り続けるでしょう。実際、オンライン化が進むアメリカであっても生命保険のダイレクト販売(主にオンライン)の比率は11%にとどまっています。日本は2%と非常に低いため、まだまだ成長余地はあるものの、20~30%といった比率にはならないことが予想されます。
<生命保険のダイレクト販売比率>
このように生命保険のようなサービスは高い専門性が求められるため、オフラインで利用される「マスサービス」は、これまで通り金融機関が担い続けると考えられます。
3. ニッチサービス×オンライン
「Embedded Finance」の登場により、マスサービスだけでなく、特定のニーズがあるユーザーに対してピンポイントで金融サービスを届けることができるようにもなってきました(ニッチサービス)。特に、業界に特化したソフトウェアを提供する企業(バーティカルSaaS企業)が、その業界にマッチした金融サービスを合わせて提供する事例が増えていくことが見込まれます。
例えば、私が所属するFinatextの事例としては、当社の展開するSaaS型デジタル保険システム「Inspire(インスパイア)」に東京海上日動火災保険株式会社様が提供する個人向け火災保険を搭載することで、GA technologies社の投資用不動産マーケットプレイス「RENOSY(リノシー)」のユーザーがオンラインで火災保険に申し込みできるようになり、不動産投資検討から保険手配まで一貫してオンラインで手続きすることが可能となります。
4. ニッチサービス×オフライン
また、ニッチな領域のサービスにおいても、サービスの特性やターゲットによって、前述のようにオンラインで完結を求められるものもあれば、オフラインが求められるものもあります。業界特化型の中小企業向け融資などがこれに当たります。
アメリカの事例でも、建設業界向けのシステムを提供している会社が、そのデータを活用して融資を提供する事例などが出てきています。建設業界向けのシステムへ融資する場合、金額が大きくリスクも大きくなるため、一度、対面訪問をして審査を行う必要が生じるケースもあります。対面が必要となるサービスについては、大企業向けの融資に比べると金額が少額となり、大手金融機関が対応するのは難しいのが実情です。そのため、地域に根差した地域金融機関がこうしたサービスの裏側に入って、与信・融資を提供していくことになっていくでしょう。
今後、様々な場面でEmbedded Financeが活用されることで、これまで以上に金融機関が新たな担い手として活躍し、企業や個人の方々の暮らしが便利になる世の中になっていくことを期待しています。
明日は林さんによる「Finatext10周年に寄せて」の記事です。お楽しみに!
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