シェアハウスって保健室みたい。

最近、「シェアハウス、いいなぁ」と思うようになってきた。


「いいなぁ」の中身は、

・社会にとって、人間にとって、有益なことが多いな(社会的意義)

・私も住人になってみたいな(単に恩恵を受けたい)

・私も管理人になってみたいなぁ(自分が良いと思ったものを人にも提供したい)

主にこの3つ。


一番最初に知った「いいなぁ」と思うシェアハウスは、日本一有名なニートとして知られるPhaさん達の【ギークハウス】。

機械に詳しいオタク系の男性が集まっているシェアハウス。意識が高い野心溢れる感じはしない。社会からこぼれ落ちそうな人たちが集って生きている雰囲気のシェアハウス。

2番目に知った「いいなぁ」と思うシェアハウスは、私もお世話になった高知県長岡郡の【ONEれいほく】でシェアハウスを運営している人達。ここの人達は、元・意識高い大学生みたいな若者。

一見、ギークハウスとONEれいほくのシェアハウスは相反するように思う。でも、おんなじところがたくさんある。上手く言葉にできないけれど。

どちらも、福祉や教育みたいなものを「行政」ではなく「個人レベル」で行っている。という感じ。

ONEれいほくはNPOなのでそのへんなんともいえないけど、福祉というセーフティネットからさらにこぼれ落ちそうな人を拾い上げる、セーフティネットのセーフティネット、という感覚。

社会からこぼれおちそうな人が集ってくるシェアハウスって、保健室に似てる。シェアハウス=保健室。シェアハウスの管理人=養護教諭。直接手を差し伸べて救うこともある。でも、基本的には、管理人も養護教諭も、「自分の足で歩くためのお手伝いをしている」って感じる。ギリ社会に溶け込んでいるか溶け込んでいないか微妙な人が、人間関係のリハビリのごとく利用できる場所。

最近ずっと、「社会の保健室を作りたい。具体的な形は分からないけど・・・」と思っていた。

でも、なんとなく、感じている。

私が思い描く【社会の保健室】って、優しい【シェアハウス】のことなんだろう。


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