稼働量が足りない

方向性が決まってても、稼働量が足りなければゴールまで進めない。当たり前だけど、怠け者のわたしはつい稼働量が少なくなってしまう。

稼働量が足りなければ物事が進まないのは当たり前すぎる。何かを進めたいなら、稼働量は正義である。とくに圧倒的な専門性や経験、お金などがない時は。

締切がなく、かつ一人でやれることばかりだと、タスクを後回しにしてしまう。

締切があったり、誰かを待たせているときは、やらないと気まずいのでちゃんと終わらせられるんだけどね。

つい「一人で完結することをやりたい」「気楽にやりたい」などと思ってしまうけど、疑おう。

締切がなくても、一人でも物事を進められる人は、相当な律する力を持っている人だ。少なくともわたしにはそれがない。塾があってようやく勉強するタイプだった。

自分の苦手なことはさっさと認めて、「やれる形」を作っていこう。

最近思うのは、今までこれと言って満足な成果を出してないなら、「自分の好きなやり方」でやるのをやめた方がいいな、ということ。

上手くやれてきたやり方ならいいけど、「いつもそれで上手くいかない」みたいなやり方を「癖だから」「好きだから」「わたしのやり方だから」と繰り返すのは、たぶんまた上手くいかないからやめた方がいい。

当たり前すぎるけど、心の底から納得できたのは最近。どんなに正論が蔓延ってても、自分で心の底から納得できなければ、実践に取り入れられない。納得できて、ようやく前に進める。納得できてよかった。

慣れ親しんだものや癖は「得意なやり方」じゃなくて「怠惰さ由来の楽で成果の出ないやり方」かもしれない。

メンタルが元気だからこそ、自分の足りない部分をまともに見ることができるようになってきた。

メンタルがバグってると、自分を全肯定したり、または全否定したり、見方がおかしくなるからね。全肯定でも全否定でも前に進めないだろ〜って思う。

あるものを、あるって思おう。

メンタルが元気だからこそ次に進める。メンタルの調整、お疲れ様でしたわたし。

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