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短編小説 猫を狩る5/7

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 花梨が寝てしまってから、もう一度早紀のブログを開いてみた。アップされたばかりの今日の日記が画面に出てきた。

<やったあ。来週ダンナが急に出張に行くことになったの。だから急遽お泊りデートの計画を練らなくっちゃ。いつもラブホじゃなんだかしょぼいし、シティホテルに泊まっちゃおうかな。たまには独身時代の女友達と羽目を外して遊びたいって、お義母さんに言ったら息子は快く預かってもらえそうです。いいお姑さんで本当に幸せ。嬉しいな。ここんとこずっと、ディズニーランドには子連れでしか行ってないから、なおくんと行っちゃおうかな。でも買い物できないのが辛いところよね。
 
 そうそう、時々中傷コメント来るんですが、即削除しています。まったく世の中暇な人ばっかり、っていうか、誰にも相手にされないブスデブ能無しの主婦が嫉んでるんだよね。ああいうおばさんにはなりたくない、っていうか、ならない。悔しかったら自分も若い男と付き合ってみれば。まあ、どうでもいいや。ああ、どこに行こうかな。なおくんも休み取れるかどうかシフト検討中なんだけど、一緒に休んで職場バレしないか、ちょっとどきどきです>
 
 いやもう、好きにしてくださいというか。子供置いてディズニーランドとかよく行けるよなあ、とか、きっとこの人精神的にはまだ子供なんだろうなあとか、いろいろ考えて腹が立ってきた。不倫ブログウォッチのスレッドを見ると、ものすごい数のレスがついている。 

<ちょっとちょっと、更新キタ。早紀たんの頭のレベルはねずみ以下>

<そんなこと言ったらねずみに失礼>

<日が決まったら、ディズニーランドまで早紀たんウォッチに行くとか>

<そんな、無理だって>

<なんかきっと、自分のことしか考えてないんだよね。>

<ここも見てんのかなあ? 誰かブログに凸した? ウォッチは静かにね>

<うちらがブスデブ能無しのおばさんだったら、早紀たんは色ボケ婆>

<つーか、不倫相手と会うのに、ぬけぬけと姑に子供預けるか普通? 頭おかしいんじゃね?>
 
 言いたいことはすでに言い尽くされていたので、またゆりママのブログを見ると、けんたママと、郁子への返信コメントがつけられていた。

<けんたママさん。早紀は、東京近郊に住んでいることがこれでわかりましたね。ファミレス特定は意外に簡単かも>

<いくママさん。それって信じられない。本当に、ああいう人がいるから私たちみたいな真面目な主婦が迷惑をこうむるのですよね。本当に盛りのついた猫みたい。何を考えているのでしょう? 猫以下。あ、猫さんごめんなさい。本当に迷惑ですよね> 
 
 この返信コメントを見て、なぜだかものすごく嬉しくなった。裕二にも詳しいことを話したことはなかったからだ。そんな話には興味がないと思ったので、ねねの手術のことも、花梨をなぜ学区外の学校に入れたのかも詳しい話はしていない。手術のことは、子猫の引き取り先を探すのが大変だから、学校のことはあっちの学校のほうが評判がいいからとしか説明しなかった。近所に口を利いてくれる人もいないし、母は心配性で何事にも過剰に反応しすぎるので、うかつに相談しようものなら、たちまち大騒ぎになってしまう。ネットで知り合った赤の他人しか話ができないのかと思うとなんだか寒い世の中だと思うけど、それでも嬉しい。
 
 もう一度不倫ウォッチブログを見てみた。ちょっとの間にまたスレが伸びていた。 

<本当に、早紀たんを狩るの?> 

<ディズニーランドまでこっそり見に行くだけ>

<絶対どこのホテルに泊まるか嬉々として暴露するに決まってるから、そこで男が一回り年下っぽいカップルを探せばわかるはず> 
 
 早紀を狩る話が進行している。ただこっそり見に行くだけとか、写真を取ってどこかに公開するとか、狩る内容は書き込みによってまちまちだ。すでに何人か本気で行く気になっているようだ。
 
 翌日、ねねを迎えに行った。脇腹の毛が剃られていて、手術跡が痛々しい。ねねは郁子の顔を見ると、抗議するような目をして短くにゃ、と鳴いた。ケージの隙間から指を入れて、ねねの頭を撫でてやった。
  
 花梨が帰ってきてから思い切って真奈ちゃんのお母さんに電話をかけてみた。とてもおおらかで気さくな人で、土曜日に真奈ちゃんを迎えに行く約束をした。
 
 裕二は郁子が眠っている間に帰ってきて、朝早くまた出かけていった。裕二のために残しておいたおかずが消えていて、その代わりに使った食器が流しに、汚れたシャツと下着が洗濯籠に入っていた。傷が痛むのか不安なのか、ねねがやたらと擦り寄ってくる。 
 
 それから数日の間に、早紀のお泊りデート先は、ホテルオークラ東京ベイに決まったようだった。オークラは、あの辺りのホテルの中でも一番規模が小さくロビーも狭いらしい。早紀が来たら絶対に特定できるということで、早紀を狩る話も随分進行しているようだった。計画しているのはゆりママだ。具体的な話は掲示板ではなく、ゆりママのブログのほうでまとまりつつあるようだった。そこまでやるか、とやや呆れながらもけっこう参加する人が多いようなので、行ってみたいと思うようになった。所詮他人の悪口から発した集まりだということも、くだらない井戸端会議にわざわざ参加するのもどうかとは思ったけど、郁子には井戸端会議の仲間すらいないのだ。

続きのお話

 
 


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