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Life is Contents③~感謝~

①、②と読んでいただいた方、ありがとうございます。
娘がいつか、父親の方はどう考えていたか?を知る手がかりに何か書き物として残しておいた方がいいなと思っていましたが、自分にとっても思いのほか辛い作業で、胸が苦しくなるとはまさにこのことだなぁと体感しながら…でしたが、この③でいったん終わりにしたいと思います。

多分、これを1年後、2年後に書くと、忘れていることや、変わっている気持ち、感情などもあると思うので、極力、今の私の気持ちを書いておくべきだと思いましたし、周りの方からも、是非、娘さんのために書いておいてくださいと言っていただいたので、それで書けたところもあります。
未だ書き終わっていないけれど、ありがとうございます。

最後の③は、感謝の気持ちと、これからのことなどを少し書いておこうかなと思いますが、これも思いつきながら書くので、徒然なるままに…。


まず、ある意味、精神的な傷を常に負い続けるこの一連の経験を、半年で終えられたというのは、本当に周りの皆さまが話を聞いてくださり、相談に乗ってくださったから…の、その一言に尽きます。感謝しかないです。今のところ人生で一番辛い6か月でしたが、それと同時に、家族以外でも親身になって聞いてくださる、自分の周りに沢山の優しい方々がいてくれたことに本当に温かい気持ちになりました。

小学校からの友人、高校の時の親友、大学時代の友人、会社の同僚、上司、そして大好きなBUMP OF CHICKENの唄…。この半年沢山の方々に救われました。

この半年、そして今も夜に熟睡できたことはありません。
自然と涙が出てくることもありましたし、
娘の動画を見て涙が止まらないこともありました。
精神面で言うと、だいぶ不安定だった気がします。

まさか、高校の時にしていた、たわいもない会話が本当になるとは。
人生わからないものです。
今回お世話になった(この御恩は一生忘れませんレベルです、本当に)高校の時の親友の弁護士は、高校の頃から将来は検事か弁護士になると言ってた方で、その時に私は、「じゃあ、もしいつかオレが結婚をすることがあって、もしも離婚するようなことになってしまった場合は、XXにお世話になるわ」と話していました。
そんな会話を当時していなくても、私としてはやはり彼に相談をしたかったと思いますが、時を超えて、本当にそうなりました。

このことが起こった最初の頃から、相談に乗ってくれ、私としてはとても有難かったのは「弁護士の視点」、「友人としての視点」両方から色々アドバイスをくれたことでした。昔から私という人間をわかってくれている彼でないとわからないこともあるというのが、本当に有り難かったです。

実際に条件を詰める時になった時に依頼をしたいと話した時も、他の業務で(後日飲んだ時に、本当に大変な時期だったようで恐縮しました、ありがとう。)多忙にも関わらず、快く引き受けてくれたこと、そして、深夜や早朝、あるいは仕事中に時間を作ってもらってオンラインやLINE、メールで嫌な顔一つせず、親身になって相談に乗ってくれたことや、私の気持ち・考えを汲んだうえで、さらには私の妻はきっとこういう人だろうというところまで想像をしながらの対応・アドバイスは彼にしかできないですし、”心ある弁護士”とはこういうことを言うのだろうなと思いました。普段、弁護士の方と関わる機会はありませんが、弁護士という職業の偉大さと、あとは友人としての彼を改めて尊敬しました。

離婚届けを提出した日に、彼に報告と御礼のLINEを入れた後、数日返事がなかったので、お忙しいのかな?と思っていましたが、数日後に色々私のことを考えてくれた返信が来て、とても勇気づけられました。今でもその頂いた返信を思い出すとちょっと涙ぐみます。

一連のごたごたが終わったら、お疲れ様会をしようとも言ってくれて、その後、久しぶりに、彼と”友達として”吞みに行け、また高校の頃のアホな話ができたことや、彼の嬉しいニュースが聞けたことや、今後の話などできたこと、有難かったです。


そして、私は離婚経験のある方にもたくさん相談に乗ってもらいました。
本当は過去の辛い経験を思い出すことにも繋がって、聞いてもらった方にはとても辛い気持ちや嫌なことを思い出させてしまうことにもなって、とても申し訳ないなと思いつつ、それでも嫌な顔せずに親身に話を聞いてくれて、アドバイスなどくれた友人達に本当に感謝の気持ちです。ありがとうございました。

勿論、私のこのごたごたが無ければ、嫌な気持ちにもならず、この先ずっと可愛い孫が見られたであろう私の家族にも、申し訳なさと感謝の気持ちしかありません。

この場でも皆さまに改めて御礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。

話は脱線しますが、荒んだこの6か月間の間に少し心が温かくなった話を少々。

クルマの後部によくDog in Car やBaby in Carのステッカーを貼られている方いますよね?私も、娘を車に乗せるようになって、Baby in Carのステッカーを貼っていました。そのステッカーは、私が好きなイラストレーターの一人である苦虫ツヨシさんのステッカーでした。
彼のオンラインショップで購入することができます。
Baby in Car、Dog in Carの2種類があります。
自分でも送っていたことを忘れていましたが、Baby in Carのステッカーを購入した際に、娘が大きくなった時のことを考えて、Child in Carがあったら素敵だなと思い、是非、作ってくださいと、当時の私はメールをしていたようです。

4月。半年以上経った頃に、苦虫さんご本人からメールが来ていました。
内容は、メールありがとうございます。いつか作りたいなと思っていたけど、私の言葉で後押しされました。サンプルを作ってみたので、御礼に送ります。そのうちオンラインショップでも販売しますというような内容。

びっくりしたのと、有難いのと、私の住所わからないのでは?と思って返信しましたが、それに対する返信はなく、2日後位に苦虫さんから郵便が届きました。きっと私がBaby in Carを購入した際の住所を見て送ってくださったんだなと思いました。
せっかくなので、写真で掲載しておきます。
これを書いている今日現在、未だ苦虫さんのオンラインショップには無いので、まだ市販化はされていないのだと思います。

ああ、もうこれを使うことは無くなってしまったんだよな…。という悲しい思いと、優しいなぁという複雑な気持ちになったのを思い出します。
このステッカー、私が今後使うことがあるかはわかりませんが、
使う時が来るかもしれませんし、来なかったとしても、大事な思い出の一つとして大事に取っておきたいと思います。苦虫さん、ありがとうございます。

私のそばに娘はいませんが、未だ私は、娘が産まれる前から使っていた「パパninaru」というアプリを毎日見ています。それは過去にすがるということではなく、パパninaruは毎日、パパへのアドバイスや、赤ちゃん、子どもの成長がこの時期にはこういうことがあるよというのがわかるので、
当然、娘の成長の様子などを送ってこない元妻からの情報は無いので、これを見て、「ああ、娘はいまこんな感じかなぁ」というのを想像して成長を願っています。
最初は娘の写真を部屋に置いておくことも辛いかなと思いましたが、それでも、やはり、娘の無事は祈っていたいので、写真を置いて日々娘の無事を祈っています。


何でこうなってしまったのか、やりようが何かあったのではないか、
そう思うことも前よりは減りましたが、やはり、あるのは事実です。
それこそパパninaruの記事などを読むと、妻に育児ノイローゼ的なところもあったのかな…などと思うところもありますが、
それと同時に、この数か月の間も色々なママさんの話を聞くと、
もっと他のママさんはパワフルで、比較は意味が無いけれど、
同性から見ても甘いと思われる部分もあるんだろうなと、改めて感じるところがありました。

そして、私の周りの皆さまは、状況を話すと皆一様に、奥さんとの生活は厳しいかもしれないけど、娘さんのことを考えるとなんとか奥さんも考え直してくれる方向はないものか…と、一緒に考えてくれました。私の家族も当然そうです。
一方で、彼女の家族や周りの友人など、誰か引き留める人はいなかったのかということも、私が不思議で悲しいことであはりました。(もしそういう方がいても、独断で決めてしまっているような気もしますが。)

なので、娘にはこういう結論になってしまったことが申し訳ないのだけれど、こうならざるを得なかったのだなとも思います。

私の望みは、娘が元気に健やかに、人の気持ち・痛みがわかる、感謝の気持ちを伝えられる人になって欲しいこと。それだけです。実の父親であり、決して別れたくなかった私としては、元妻が再婚をして、娘に新しい父親ができることは寂しさもあるのは事実ですが、やはり、父母に育てられることにこしたことはないと思うので、そういった機会ができて、娘が幸せに育ってくれるなら、それもありだと思っています。

元妻が本当に会わせてくれるのかはわかりませんが、私は1ヶ月に1回は娘に会うことはできることになっています。今は遠く離れているので、なかなか会いに行くこともできませんし、今会っても、知らないオジサンとして泣かれてしまいますし、私自身も辛くなるので、会いには行っていません。
ただ、本当に会いたくなったら会いに行こうと思いますし、娘が大きくなって私に会いたくなったら何時でも会って話をしてあげようと思います。
少なくとも、毎年、彼女の誕生日には手紙でも思いを伝えようと思います。

離婚成立後、直ぐに来た娘の一歳の誕生日。
プレゼントの絵本と一緒に、何故こうなってしまったのか、私はどう考えていたのか、当然文字など読めない娘宛てに手紙をしっかり書きました。
それと同時に、書くか非常に悩んだのですが、
友人からも書くとしたら今しかないよと後押しされたこともあり、
妻の一家宛てにも一通、手紙を入れました。

私の意志でもなく、何もわからない娘の意志も当然なく、
ただ一方的に、娘を引き離されるというこれ以上ないことをされたことを私は一生忘れないし、それだけのことをしたのだから、死んでも娘を責任もって育てて欲しいこと、そして、妻一家の教育というものに全く期待はしていないけれど、娘だけは、「ありがとう」と人に感謝の気持ちが伝えらる人間に育ててあげて欲しい、私が望むのはそれだけです。

というような内容を書きました。
多分、この手紙も、娘宛ての手紙も捨てられている気しかしませんので、
何時か娘が見ることができるように、コピーは取っています。

この先、娘がどういう風に育っていくのかはわかりませんが、私の血も半分受け継いでいるので、きっと娘はしっかり育ってくれると信じています。

これからの私。

思いもがけず、独身に戻りました。
このまま、1人で過ごしていくのか、また何方かとご縁があるのかはわかりません。でも、やはり、この数か月、1人で過ごしてみて、”誰か”の力になりたいなという気持ちが自分の中にはあることはわかったので、またご縁があれば誰かと一緒に苦楽を共にしたい気持ちはあります。弁護士の友人とお疲れ様会で呑んでいた時に、彼にも強く言われました。
「XX(私の名前)に言っておきたいのは、こういう辛いことがあると、女性はみんなそうなんだ、もう”女性”と一緒に暮らしていくのは無理だなと決め込んで、1人で暮らしていくことを決めてしまう人が少なからずいる。こういう仕事をしていると、そういう人も多く見る。けど、XX(私の名前)にはそうなって欲しくないと思っている。たまたま、今回がそういう人との巡り合わせだっただけで、そうでない人もたくさんいるから。」と。
そうだなと、私も思いました。

とはいえ、こればかりはご縁なので、私にも誰にもわかりません。
ただ、この先ご縁がなく、結果的に1人で暮らしていくことになっても、
彼が言ってくれた考え方は忘れず、誰か…それが社会全般に対する不特定多数に対してなのか、離れ離れになってしまった娘に対してなのか、はたまた、ご縁があった何方かに対してなのか…はわかりませんが、自分のためだけではなく、誰かのためにを意識して生きていきたいなと思っています。

もしご縁があったとしたら…、年上なのか、年下なのか、未婚なのか、離婚経験がある方なのか、子どもがいらっしゃる方なのか、そうでないのか、私なんかより仕事がバリバリできる方なのか、仕事よりも家庭の仕事をする方が好きな方なのか…そういうことはあまり関係ありません。①でも家事や育児、家計の話なども出てきましたが、これも人間、得手不得手がありますから、できる方がすればいいと私は思っています。幸い、私は料理や家事、育児、苦になりませんし、むしろ得意ですから笑。

本当に1つだけ言うとしたら、どんな形でも、お互いを察して、感謝の気持ちを持って、苦楽を共にできること。それだけですね。想像力を大事に。

誰かとこの先暮らしていくかの話以外だと、
当たり前ですが、楽しく、明るく生きていきたいと思います。
娘にしてみたら、実の父親が日々暗く過ごしていたら悲しいと思いますし、私が娘の立場だったら、実の父親の存在を知った時に、
父親は父親で頑張っていたんだなと思えた方が嬉しいので、
私は私で、この経験をしたから、あるいは、今の状況になったからできること、やりたいことを考えてパワーアップしたいと思います。
ワンピースよろしく見聞色の覇気をもっと纏って(笑)、
娘といつか元気に会えた時に色々なことを話して、教えてあげられたらなと思います。好きな料理も本当は”誰か”のために作ってあげたいですが、いつか娘と一緒に料理を作り、教えてあげる、そんな日が来るかはわかりませんが、そう何時なってもいいように、研鑽を積んでいきたいと思います(笑)

ここまで読んでくださった方々、こんな私の個人的な内容に、
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
気づいたら原稿用紙80枚分を超えていたようです。

書き足りないこと、書いておいた方がよかったこと、
娘に対する気持ち、お世話になった方々への感謝の気持ち、
色々抜け漏れもある気がしますが、③もこの辺にして、このLife is Contentsは、幕を閉じたいと思います。

とりあえず、こういった形で文書にしておけば、私に何かあったとして、誰かが娘に見せてくれると思うので、ちょっと自分には辛い作業でしたが、少しだけ安堵感が残りました。

最後に。私が多分、一番大好きな唄、
BUMP OF CHICKENの「花の名」の一節を載せさせて頂き、
終わりにしたいと思います。

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一緒に見た空を忘れても、
一緒にいたことは忘れない。

僕がここに在る事は あなたの在った証拠で
僕がここに置く唄は あなたと置いた証拠で
生きる力を借りたから 生きている内に返さなきゃ
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いつでも、会いにきたくなったらおいでね。
では。

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