見出し画像

忘れられない菓子

 小三の時、隣の校区まで松岡と福田と自転車で遠乗りした。校区外へ子供だけで出ることは禁止されていたから、随分どきどきしたのを覚えている。
 福田と自分は、現地の子供らに見つかって絡まれたら先に叩きのめそうと決めていたけれど、松岡はそんなことは考えもしないようだった。

 全体どこまでが校区内だったか判然しないが、延々走って行ったら隣の小学校近辺に出た。当時は初詣の時ぐらいしか足を踏み入れなかったエリアである。
 いつどこから「こらぁ!」と怒られるか、或いは「お前ら、第三小じゃろ!」と絡まれるか、はらはらしながら巡行していると、じきに駄菓子屋があった。
 ここまで来た記念に、あの駄菓子屋で何か買って食べようということになった。
 三人で入ると、婆さんが店番をしているだけで、他のお客はいない。
「こんにちは」と松岡が言ったが、婆さんは黙って一瞥したきりである。
 品揃えは校区内の駄菓子屋と別段変わらない。
 松岡が「これください」と商品を持って行くと、婆さんは「ひいふうみ……、あんた四十円しか買っとらんじゃないね。もっと買いんさい」と売場へ追い返した。
 続く福田も同様である。
 子供相手とはいえ、もっと買えと上から指図する駄菓子屋は初めてで、随分驚いた。
 自分は「きびだんご」と飴玉を婆さんに差し出した。
 このきびだんごは、だんごと云っても丸くない。平べったいのである。丸くないものをだんごというのはおかしな気がするが、調べてみたら、「事が起きる前に備え、団結して助け合う」という意味の「起備団合」で、団子とは違うのだそうだ。それは結構だが、駄菓子の名前にするようなことではないだろう。

「あんたも、四十五円しか買っとらんじゃない。もっと買いんさい」
「じゃあ、これも」と、飴玉を一個増やした。婆さんも二度は追い返さず、それでおとなしく会計した。どうやら五十円がOKラインだったらしい。

 店を出てから、婆さんの悪口を云いながらきびだんごを食べた。松岡が一番ひどく罵っていたように思う。

この記事が参加している募集

ふるさとを語ろう

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。