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蛙おばさん

 家の周りに田圃が多いから、近頃は夜寝ようとすると、外から蛙の声が随分聞こえる。
 蛙という生き物は気持ち悪くて好きじゃないが、夏の夜に蛙の合唱を聞くのは好きだ。郷里の家も寝る時には賑やかに聞こえていたから、何だか幼い頃に戻ったような不思議な心持ちになる。そうして人生の最後についてぼんやりと思いを巡らせる。
 気付いたら子供に戻っていて、日が暮れるまで外で長田おさだや飯田やヨシコさんと遊び、晩ごはんの後で風呂に入り、両親が隣の部屋で話しているのを聞きながら、眠りに落ちる。窓の外からは蛙の大合唱が聞こえている。
 最後は、そんなふうに迎えられたらいいと思う。

 昨夜、蛙の声を聞きながら、やっぱり懐かしい心持ちでうとうとしていたら、窓のすぐ外から「あ・あ・あ・あ・あ」と、それだけが随分大きく聞こえてきた。一匹だけ近くで鳴いているらしい。
 他の蛙より太い声で、何だか知らないおばさんの声みたいにも聞こえる。そう思うと自分の脳裏に、おばさんの顔をした大きな蛙が現れた。
 前にもこんなことがあったようだと思い出した。義父の通夜だったろうか。あの時はネクタイ姿のおじさんが猫の声を出して巡回していた。あれも随分気持ちが悪かった。

「あ・あ・あ・あ・あ、それでね、よっちゃんがね」
 外の声が急に話し声に変わったので、ああやっぱり蛙おばさんだったかと得心した。


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