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影山優佳と、ある特定のオタクたちに捧げるGメッセ群馬探訪記

 5月8日は影山優佳ちゃんの誕生日である。めでたい。とんでもなくめでたい。この世にまだこんなにもめでたい出来事が存在していることに我々は感謝をした方がいい。ズボンのポケットを裏返したときに出てくるみたいなゴミカスを集めて敷き詰めたような、そんな味気ない毎日の中でこの日は燦然と輝いて見える。
 さらに、5月8日はひらがなけやき一期生のオーディション合格日でもある。めでたいとめでたいが重なった。美味いと美味いが重なったカツカレーみたいなもんである。4甘で食べよう。

 ところがこの世には、そんな幸せの溢れかえった日付を見る度に、謎の頭痛に苦しめられてしまう奇妙な人種が存在している。信じられないかも知れない確かである。彼らは正式名称を「2020年5月8日・Gメッセ群馬の亡霊」といい、現在も世界のどこかを彷徨い続け、その怨念は日ごとに増幅している。そしてかく言う私もその中の1人なのだ。
 では、何故この奇妙な亡霊達はこの世に誕生してしまったのだろうか。そして何故、いまだに成仏することもできずグチグチと恨み言を吐き続けているのだろうか。本題に入る前にその出自と歴史を振り返っておきたいと思う。歓喜と悲哀とが入り混じった、そんなの彼らの人生を。




 時は2019年12月18日、この日は同年に改名&デビューを果たし、怒濤の1年間を過ごした日向坂46によるクリスマスライブ、「ひなくり2019」が幕張メッセで開催されていた。ライブ終盤ではかねてよりグループの目標だった東京ドームライブの開催が発表されたこともあり、印象的な公演として覚えている人も多いはずだ。他にも発表はいくつかあったが、その中のとある文字列に、当時の影山優佳推しは歓喜した。

"日向坂46全国アリーナツアー2020 5月8日(金) 群馬・Gメッセ群馬"

そう、影山優佳の誕生日である5月8日にライブの開催が決定したのである。当時彼女は学業のため休業中、しかしライブが開催される2020年の5月には高校を卒業しているはずなので、「このライブでサプライズ復帰するのでは……?」という考えが多くの影山推しの脳裏を駆け巡った。
 ところでその頃の影山推しというと、月に1度送られてくるメッセージを唯一の生きがいとし、毎月Twitterで#kagetalkというタグのついた投稿に集団で押し寄せ無差別にいいねを押しまくり満足するとどこかへ去って行くという、ちょっとした昔話の怪異みたいな存在だった。とにかく彼らは推しに飢えていたのだ。そんなところに飛び込んできたバースデーライブの開催発表。怪異たちの湧きっぷりも想像に難くないはずだ。間違いない、間違いなくその日、影ちゃんは日向坂46へ帰ってくる。そして赤×赤で染まった満員の会場で、盛大に誕生日をお祝いされる。休業発表から約1年半、突如として目の前に現れた希望と期待の光を胸に、彼らは死にものぐるいでチケットを求めはじめた。

 チケットの抽選はFC先行→オフィシャル先行→……といういつもの流れ。復帰した推しを近くで見るにはFC先行でアリーナ前方を当てるのが好ましい。私はとりあえず毎日ゴミを拾うなど、抽選前にしか行うことのない都合のいい善行を積み重ねた。結果、FC先行には落選した。そりゃそうだ、その程度の行動で当選させてくれるほどチケットの神は甘くない。周りでは当選した影山推しの歓喜の声もいくつか見受けられた。
 まだだ、まだやれるさ、こんなところで絶望する私じゃあない。私も彼らに続いて喜びの歌を高らかに歌うのだ。次はローチケでのオフィシャル先行。大丈夫。生まれてこの方最寄りのコンビニは常にローソンだった。小中高大、常に生活の一部にあったローソン。そんな媒体での抽選に外れることがあるだろうか?いや、ない。断じてない。否である。ここで私はチケットを当て、まだ見ぬ群馬の地へと足を踏み入れるのだ……

2020年3月19日
ローチケ「厳正なる抽選を行った結果、お客様はご当選されました」

 いやったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!信じてたぞローソン!!!!!愛してるぞローソン!!!!!!お前がコンビニ業界ナンバーワンだ!!!!!!!!!!!!!!

 当たった。当選だ。これで私も来たるべき5月8日に影山優佳の復帰と誕生日を現地で祝福することができるのだ。こんなに嬉しいことが他にあるだろうか。当時大学の卒業を間近に控えながらも内定先が存在せず、というよりそもそも就活をろくすっぽやっておらず無職に向かってひた走っていた自分だが、その未来は煌々と輝いて見えた。両親は頭を抱えていたらしいが。

 嬉しいことに周りの影山推しからも当選の報告が相次いだ。長かった休業期間を経てついに掴んだ希望。そこにはどこか、長い長い戦いを終えた後のような空気感があった。充足に満ち、安堵と歓喜の表情を浮かべるオタクたち。さあ、輝かしい未来はすぐそこだ。みんなで幸せになろう。

 しかし状況は一変する

 2020年春、みなさんもご存じのはた迷惑なクソボケファッキン感染症、COVID-19、通称新型コロナウイルスが大流行する。その脅威に関しては今更説明する必要もないだろう。このバカウイルスの影響を受け、春の全国アリーナツアーは早々と延期が決定、当然5月8日に開催予定だった私たちの夢と希望も日程が変更となり、当初ライブで復帰すると予想されていた推しメンは、ステイホームがすっかり浸透し始めた2020年5月26日の夕方、公式からの1通のお知らせとともになんともヌルッと活動を再開した。

 こればかりはもうどうしようもないことだった。仕方がない、仕方がないと何度も自分に言い聞かせた。それでも、本当なら満員の会場で彼女の復帰を祝福できたはずなのだ。たくさんの赤×赤サイリウムの中で、ハッピーバースデーを歌ってあげられたはずなのだ。それがあんなちっこいウイルスなんぞに……
 唯一と言っていいほどの希望を打ち砕かれた人々の絶望はあまりに大きく、5月8日・Gメッセ群馬という文言は彼らの心にけして消えない深い傷跡を刻み込んだ。亡霊の誕生である。

 まあ、なんにせよ彼女は帰ってきた。ファンとしてまずはそれを喜ぶべきだ。それにこの先活動を続けていれば、いつかまた群馬のライブにリベンジすることだってあるだろう。そうだ、彼女なら、彼女たちならやってくれる。群馬の無念は群馬で晴らす。その日は来る、必ず来る。それまでこの傷は取っといてやろう。借りは絶対返すからな、首洗って待っとけや!

 さて、そんな経緯で復帰を果たした影山優佳は、そこから我々もびっくりの恐ろしいスピードで坂道を駆け上っていく。さっそく持ち前の豊富な知識量と情熱でサッカー大好きアイドルっぷりを世の中に発信すると、番組で共演した元日本代表SBのハートにゲーゲンプレスをキめてあっさり攻略。あれよあれよという間に業界におけるその地位を確立していった。そんな彼女を応援する日々は本当に楽しかった。
 さらに彼女はクイズや演技といった別ジャンルの仕事でも大活躍。極めつけは2022年のW杯カタール大会。日本代表の激闘も記憶に新しいこの大会で、スコア予想やらなんやらであっちゃこっちゃでおバズり散らかした彼女はその知名度を国民的なものへと押し上げた。
 そして去る2023年2月、グループからの卒業を発表し、同年7月19日、東京国際フォーラムで開催された卒業セレモニーを以て、新たなステージへと清々しく羽ばたいていったのである。






あれぇ??????群馬は??????

 結局あれから彼女たちのライブが群馬で開催されることは1度もなかった。全国ツアーは秋の開催が恒例化し、誕生日のライブ開催は絶望的になっていた。募りゆく恨み、つらみ。しかし活動再開以降のファンもたくさん増えたことで、あの日の悲しみを知る者たちが少しずつ過去に埋もれ始めているという感覚も確かにあった。いつまでも過去に囚われていては推し本人にも、清廉潔白なオタクたちにも迷惑だ。大人しく成仏するべきか。いやしかし……

 そんな中での彼女の卒業は、日向坂46としての、アイドルとしての影山優佳が5/8のGメッセ群馬の舞台に立つことはないという事実を確定させた。いつかはきっとやってくれる、淡い希望は彼女との別れとともに脆くも崩れ去ったのだ。群馬は2度刺す。

 かくして5月8日・Gメッセ群馬の亡霊は、2度と成仏できぬ哀れな存在としてその怨念をより増幅させ、手の付けられない厄介な怪物へと成り果てたのである。




 時は戻って2024年5月。あれから4年が経った。いや4年はまずいだろ。

 4年といえば一般的大学生の入学~卒業までの期間と同じである。つまり世の学生たちがサークルやらバイトやらでその特有のモラトリアムを満喫しているのと同じだけの時間、私はあの日の群馬がどうのこうのと言い続けていた訳である。ロクに仕事もせずに。

 いかん、これは流石にいかん。一刻も早く、この身体に染みついた亡霊を成仏させなくては。でもどうすれば?願いが叶わないことはもう決まっている。叶えるためにはタイムマシンを発明するか、生身で時をかけるくらいしか方法は思いつかない。かといってこのまま永遠に亡霊のままでは周りの健全なオタクたちにも迷惑がかかるし両親に合わせる顔もない。後者に関してはとっくの昔からない気もするが。


 よし、もう行こう。行ってしまおう。群馬に、あの日のGメッセ群馬に。タイムマシンがなくたって関係ない。そんなもん気持ち次第でどうとでもなる、してみせる。叶わぬ思いならせめて枯れたい。選ばれなかったら選びにいけ。父さん母さん見ててくれ、私は時をかけるぞ!


かけた

高崎駅の構内看板

 都内を出発し2時間あまり、孤独なタイムトラベラーを乗せた電車はGメッセ群馬の最寄り駅であるJR高崎駅に到着した。ついに来た。来てしまった。
 何よりも大切なのは、今日が2020年の5月8日だということだ。今から数時間後にはここで日向坂46の全国ツアーが開催され、我らの推しメン影山優佳は華々しく復活を遂げる。私はそれを見に来たのだ。けして頭はおかしくなっていない。むしろ目的はハッキリとして脳は明瞭だ。誰がなんと言おうと、今日は2020年の5月8日なのだ。

 約束の彼の地は駅から徒歩で15分ほどの場所にあるらしい。しかし焦ってはいけない。なぜなら今日は5月8日。影山優佳の誕生日である。誕生パーティに欠かせないアイテムを求め、私は一駅隣の高崎問屋町へと向かった。

JR高崎問屋町駅、バカみたいに晴れている

 人の多い高崎からは一駅しか離れていないが、駅の周辺はとても静かな雰囲気だった。それにしても今日はいい天気だ。顔を上げると雲ひとつない青空が高く高く広がっている。理由は考えるまでもない。今日は疾風怒濤の爆裂晴れ女である影山優佳の誕生日だからである。やはり私が今いる場所は、2020年の5月8日で間違いなさそうだ。

 駅から5分ほどで目的地にたどり着いた。誕生日に欠かせないアイテム。そう、バースデーケーキだ。

おいししょ~!

 店内には美味しそうなケーキがずらりと並んでいた。個包装された食べやすいサイズのガトーショコラなんかも販売されており、先客の親子連れが購入していった。
 順番が回ってきた、とりあえず目的のイチゴのホールケーキ(4号サイズ)を購入。その場でプレートを付けてくれるらしいので「Happy Birthday Yuka」の記入をお願いすると、ほどなくして注文通りのプレートが乗せられた綺麗なケーキが手渡された。
 対応してくれたのは若い女性の店員さんだった。まさか彼女もこのケーキが数時間後には目の前にいるオタク1人の胃にすべて放り込まれるとは夢にも思わなかっただろう。なんだか申し訳ない気持ちを抱えながら、私は店を後にした。

 さあ、準備は整った。あとはもうあの場所へ行くだけだ。買ったばかりのケーキを後生大事に抱きかかえ、目指すは再び高崎駅だ。

JR高崎駅、親子連れやカップルで賑わっていた、私?当然独りだ

 高崎駅の東口に出た。なにやら様々なイベントが開催されているらしく、多くの人で賑わっている。まあ今日は影山優佳ちゃんの誕生日だもんな、みんな盛り上がって当然だろう。
 そのまま歩道橋を歩いている途中でとある標識を発見した。

歩道橋の標識

「うわぁ……」
 思わず声が漏れてしまった。その声がついに夢の大地にたどり着いた感動から出たものなのか、GWの真っ最中に1人でなにやってんだよコイツ、という唐突な客観視によって出たものなのかは私にもよくわからなかった。
 ともかくもうここまで来たのだ。歩を進めるしかない。

歩道橋、ここを歩くたくさんのオタクたちが私には見える

 まっすぐ続く歩道橋を歩く。1歩、また1歩と、少しずつあの場所が近づいていることが空気で分かる。人影はまばらだが、私の目にはライブ会場を目指し推しメンタオルやツアーTシャツを身にまとったたくさんの同志たちの姿が見えている。みんなこの日を楽しみにしていたに違いない。彼らに続け。私にも続け。
 しばらく歩くと歩道橋から下に降りるよう指示がある。指示通り階段を降り、広い道路をまっすぐ進んでいく。これだけ広ければオタクがたくさんいても安心だ。ここでまた標識を発見。表示距離がどんどん短くなっていく。ゴールはもうすぐそこ、みんな、一緒に歩いて一緒にたどり着こう。

その場所は近い
もう、すぐそこだ

 そしてついに、その時は訪れた

Gメッセ群馬

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 あった。Gメッセ群馬だ。実在した。正直、本当は存在してないんじゃないかと思ったこともあった。しかしその会場は今、間違いなく私の目の前に堂々たる姿で佇んでいる。あの悪夢から4年、私はとうとうたどり着いたのだ。周りを歩く同志たちからも歓声が上がっている。やったなみんな、たどり着いたんだ。



 ここでいったん現実に戻る。どうやらこの日は特別大きなイベント等は開催されておらず、人影はほとんど見受けられなかった。時おり犬の散歩やウォーキングをする地元の住民とすれ違ったが、会場周辺には静かで穏やかな空気が流れていた。いい場所だな。単純にそう思った。地元住民の憩いの場にもなっているのかもしれない。
 入場も可能だったので、ここからは少し施設を紹介する。

ホールの入り口は2階、階段を上る
入り口は奥
また「うわぁ……」が出た
エントランスを抜けると綺麗な館内が広がる
トニカクキレイ
クソデカ駐車場も併設

 めっっっっちゃ綺麗だ。オープンが2020年と新しい施設なので当然っちゃ当然なのだが、会場周辺も館内も非常に整備が行き届いている印象を受けた。自販機も多数存在。テラスのような飲食可能スペースもあり、ここで休憩しながら生写真のトレードを行うことも可能だろう。

  施設のすぐ横にはクソデカい駐車場も併設されていた。約2000台が駐車可能らしい。私は誇り高きペーパーゴールド戦士だがいつかは車で訪れるのもありだろう。帰る頃には無免戦士になっているかもしれないが。

 とにかく綺麗で過ごしやすそうな施設だ、いつからか恨みさえ抱いていた約束の場所は、拍子抜けしてしまうほどに穏やかな雰囲気を纏ういいヤツだった。っていうかコイツ、2020年オープンってことは私たち亡霊と同い年じゃないか。そっか、タメだったんだね、私たち。なんだか急に仲良くなれそうな気がしてきた





 さあここからが本番だ。何度も繰り返して申し訳ないが今日は2020年5月8日。今から春の全国アリーナツアー2020群馬公演と影山優佳活動再開&誕生記念式典が始まるのだ。始まるというか、始めるのだ。

 セトリ組んできた

 最新シングルの「ソンナコトナイヨ」収録曲を中心に影山優佳の復帰と私の好みを加味したセットリスト。存在しないなら作ればいいのだ。実に簡単な話である。おっと、もうすぐ開演だ。再びあの日にタイムトリップだ。

 さあ、ショーの始まりだぜ!

 爆音のOvertureとともにライブが始まる。序盤は4thシングルの新曲たちを中心にパフォーマンスが続く。熱い、好きな曲ばっかり流れてくる。不思議だ。気分はもう完全にライブ中だ。そしてセトリは中盤の影山復帰ゾーンへさしかかる。メインモニターに映し出されるサプライズ映像。予感はしていたはずながら、観客たちはどよめきを抑えられない。ステージにはすでに一期生たちがスタンバイしている。そしてその真ん中にゆっくりと、影山優佳は帰ってきた。

~♪(永遠の白線イントロ)

あああああああああああああああああ!!!!!!!!!かげちゃあああああああああああん!!!!!!!おかえりいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!

 長さを取り戻した白線、夏色のミュールのソロパート、おいで夏の境界線のコール、そしてNO WARでのかげみほツインシュート、夢にまで見ていた光景が目の前に広がっている。周りにいる影山推しらしき人たちは、みな目頭を抑え嗚咽している。会場のテンションは最高潮を迎えた。

 そしてMCゾーン、ハッピーバースデーの歌ともにケーキが登場する

はっぴーばーすでーとぅーゆー♪
はっぴーばーすでーとぅーゆー♪
はっぴーばーすでーでぃーあかーげちゃーん♪

 はっぴーばーすでーとぅーゆー♪


 1万人を超える赤×赤の大合唱、鳴り止まない大拍手。さあ、あの日言えなかった言葉を今、心の底から叫ぶのだ

お帰りなさい影山優佳!!!!!!!!!!!!!!

誕生日おめでとう影山優佳!!!!!!!!!!!!

 時は間違いなく2020年5月8日・Gメッセ群馬、とうとう私は、影山優佳の復帰と誕生日を現地でお祝いすることに成功した。






燃え尽きた……

 素晴らしい充足感、自分の中に溜まっていた何かがフッと軽くなった気がした。ライブは最終盤、アンコール曲の約束の卵が歌われている。今年の東京ドームでのひなくり2020も本当に楽しみだ。うん、いいライブだった。





 セトリをすべて聞き終えたとき、軽いめまいが襲ってきた。少しだけ目を閉じる。再び目を開けスマホのカレンダーを眺めると、そこには2024年5月3日の文字が並んでいた。どうやら戻ってきたらしい。

 ふぅ、心はとても穏やかだ。それじゃケーキでも食うか。そういえばお店のちゃんとしたホールケーキを1人で食べるのは初めてかもしれない。朝から何も食べていなかった私は無心でケーキを口に放り込み続けた。

 先述した通り、イベントの開催はなくてもちょこちょこ人は通る。仲良く散歩をする夫婦、ペットの犬を連れた女性、自転車を漕ぐ親子。彼らからしたら地元のお散歩コースに突然1人でホールケーキを貪り食う挙動不審の男が出現した訳だ。今考えるとよく通報されなかったなと思う。(え、なにコイツ……)という不審そうな目線は多分に投げかけられたが、オタクにとってはそんなもの日常茶飯事、今さら気にする必要などない。なにより今はとても気分がいいのだ。

 ケーキは無事に完食できた。とても美味しかったがもう当分は食べたくない。3割くらい食べたところで(あ、もう無理かも……)という感覚が襲ってきた。よく考えればあの頃22歳だった私も今や26歳、なんでも食べられると思っていた無敵の胃袋は、とっくの昔にクソ雑魚ストマックに成り下がっていた。4年の月日の重みを身体で感じ、ノスタルジックな気分に浸る。陽は少しずつ傾き、ほのかに橙色をした優しい光が辺りを包みはじめた。さあ、お家に帰ろうか。私はベンチから立ち上がり、かつての宿敵改め同い年の盟友にそっと別れを告げた。

 
 かくして、長年続いた亡霊との戦いに決着をつけるための旅は終わりを迎えた。Gメッセ群馬、いいところだったな。私は今日ここに来て本当によかったと思う。ずっと忘れることのできなかった場所で、ついに大好きな推しメンの復帰と誕生日をお祝いできたのだ。

 あの日の想いが完全に晴れたのか、正直それはまだよく分からない。実際時間を巻き戻すなんてできはしないし、今日見た光景も私の幻想にすぎないだろう。だがこうやってこの場所に来ていなければ、その幻想すらも見ることはできなかったはずだ。幻だってかまわない。あの日心にぽっかり空いた大きな穴に、あたたかい何かが流れ込んでいくのがよくわかる。ああ、これでようやく、4年間に及んだ手強い悪霊との戦いにひとまず幕を下ろすことができそうだ。

 
同志たちよ、私は先に逝く。君たちも、今すぐにとは言わない。時間のあるときでかまわない。気持ちの整理がついたらでかまわないから、ぜひ一度この場所を訪れてみてほしい。成仏の保証なんてできないけれど、そこには間違いなく心に感じる"何か"があるはずだ。あの日心に傷を負った私たちだけが感じることのできる、"何か"が。
 みんながその何かを手に入れられたなら、またチケットを当てたあのときのように安堵と歓喜の輪の中で笑い合おう。そんな日が訪れることを心から願い、今回は筆を置くことにする。

ありがとう、またね

 最後までお読みいただきありがとうございました。改めて、誕生日を迎えた影山優佳ちゃんに心からの祝福を送ります。

2024年5月8日 千円の白菜







ついでにここにも行っていた
~みなかみバンジー探訪記~

筆者の気力が湧き次第公開、書けたら書く、書けたら

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