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「Merry Christmas 」

好きな音楽が一緒だった。
としちゃん ユーミン、百恵ちゃん。
 
高校入学の時、人目見た時から彼女と友達になりたいと思った。
自信たっぷりでキラキラしてた。
でも、飾ることなく多才だった。
絵が上手くて、歌が上手くて、誌を書いてて、お菓子作りが得意。
手先が器用で、クラス皆のそっくりなマスコット人形を全員に作ってくれた。
 
女子にも男子にも人気だった。
彼女には二人の姉がいて、どちらも彼女からするとずっと上の存在だったらしい.
彼女よりすごいお姉さんって、人間じゃないんじゃない?なんて思った。
もっとも私達が通っている高校は、この地域の公立高校の中では最下位レベルの学校だったので、お勉強では敗けていたのは確かだった。
 
彼女にはいつも付き合っている人がいた。
1年と続くことはなく、でも彼女に彼氏がいない事はなかった。
 
高校を卒業して、札幌の学校へ行った彼女。
卒業後は、縁遠くなったけれど毎月手紙をくれた。
彼女の家は厳しくて、男の子とつきあっているなんてもってのほか、らしかった。
でも、彼女は私が知っている限り彼氏がいない時はなく、手紙が来るたびに付き合っている人が変わっていた。
 
夏休みに帰省していた彼女に誘われて映画を見に行った。
彼女と札幌で同居している姉が、いい映画だと教えてくれたらしい。
真夏なのにクリスマスの映画だった。
帰り際、彼女はおおはしゃぎだった。
出ていた俳優の誰誰がカッコいい、あの人のあのセリフがいい、そんな話だった。
でも私にはまったく関心がなく、ほとんど聞き流していた。
覚えているのは、最後に流れていた曲。
それだけは印象的だった。
 
その映画のサントラ盤レコードが出たので、買ったという。
30センチLPレコードのジャケットには、彼女の好きなミュージシャンの顔がはみ出るくらいの大きさで映っていた。
彼女と同居していた姉は「これ、実物大じゃね?」とからかったらしい。
そんなことが、面白おかしく手紙に書かれていた。
 
専門学校へ行って、デザイナーとして歩んでいると思っていた。
バイトも頑張って、学校でも賞を取って雪まつりのファッションショーに出品する、との知らせがあった。
それから間もなく、2年間の専門学校も卒業し無事就職したと手紙につづられていた。
 
だんだん、届く手紙の間隔も開きがちになってきた。
月に2回は届いていた手紙が、月一になり・・・・。
仕事が忙しいのかな、なんて思って少しだけ心配になっていた。
 
急に、こちらへ戻って来る、という事を聞いたのは卒業後2年が過ぎ、そろそろ桜が咲き始める頃だった。
彼女からの手紙が途絶えて半年が経っていた。
何故こちらに戻って来るのか、その理由は分からなかった。
私は返す返事もないまま、日々が過ぎて行った。
 
お盆前、遠距離で連絡を取っていた彼氏と旅行へ行くから、アリバイを作って欲しいと言われた。
断りたかったが、断り切れなかった。
彼女は私と旅行へ行く、と両親に嘘をついて彼氏と旅行へ出かけたのだ。
彼氏は私も知っている人だった。
高校の時の同級生、かつて私が付き合っていた人だった。
 
他の人からの言い伝えで、彼女が彼と遠距離恋愛をしている、という話は聞いていた。
でも、アリバイ作りの時まで、私は何も聞かされていなかった。
 
 
彼女が彼氏と旅行へ出かけたであろうその日の夜遅く。
そろそろ明日に備えて寝る準備をしようか、と思っていたそのとき電話がなった。
「もしもし、・・・です。」
電話に出たとたん
「なんであんたが出るのよ!」
と、激しく私をののしる声がした。
 
彼女の姉の声のようだった。
 
鼓動が激しくなる。
その音のせいなのか、話している内容がほとんど分からなかった。
 
 
それから2日後。
他の同級生から、彼女と彼女と一緒だった彼氏が交通事故で亡くなったとのことで、火葬とお通夜の連絡が来た。
この町では、お通夜の前に遺体を焼いてしまう。
彼女に会えるのは、もう明後日の午前中までだった。
 
彼女の遺体が安置されているお寺は、真夏だというのにひんやりしていた。
棺の窓から見える彼女は、まるで陶器のような透き通る肌をしていて、うっすらとほほ笑みをしているその唇はツヤツヤとしていた。
どこかで、声がしたような気がした。
 
「あんたのせいだ」
 
 
毎年、彼女の命日とお盆にはお参りを欠かせないでいる。
 
私は、結婚し子供も二人授かった。
夫は高校の時の同級生で、彼女の事も分かっていた。
 
「ママ、・・・さんが向こうで手を振ってたよ!」
小さい時から、一緒にお参りに連れて来た子供たち。
私の罪を一緒に背負ってくれているという自覚がないのが救いだった。
夫は、彼女と一緒だった彼氏の親友だったためか、彼氏の弔いには行っていたが彼女の事は許せないと思っている様だった。
 
お互いに確かめ合った事はない。
だけれど・・・・
私があの時、彼女のアリバイ作りを拒否していたら?
彼が彼氏を止めていたら?
そんな後悔だらけの言葉に、お互いに返す言葉もない。
恐らく、そんな理由で決してその事には触れずに過ごしてきた。
 
彼女の命日には、必ず花と彼女が好きだったものをお墓に持って行っていた。
長年私に付き合ってお墓参りに来てくれていた子供たちも巣立ち、今日は私一人だった。
 
と、お墓の前にたたずむ人がいた。
薄暗く、はっきりとは見えない。
だけれど・・・・・。
 
「・・・ちゃんの、お姉さんですか?」
彼女のお母さんと良く似た人がそこにはいた。
数年前、彼女のお墓の裏に書かれている名前が増えたのに気が付いた。
彼女のお母さんなのだと判った。
それから何年も経たず、お父さんの名前も刻まれた。
「もしかして、妹の友達だった・・・・」
 
私達はお墓の前で彼女について語れるだけ語り合った。
まだまだ語れるとは思いながら、お互いこの時間が与えられたことに感謝した。
長年の彼女への断罪とも言える思いが、すっと消えて行った。
 
家に帰り夫へ、この出来事を報告した。
夫は、静かに下を向き声を殺して泣いているようだった。
私は、彼の後ろに立ち肩を抱いた。
 
二人だけで過ごす事が怖かった。
だけれど、今はこれほど穏やかな時間を感じれる人生に感謝している。
 
私が彼女と真夏に見たあの映画。
夫も同じ日に彼と見ていた。
私が彼女の火葬に行っていた時、夫は彼の火葬に行っていた。
運命?
私の瞼の裏側で、にっこり笑う顔が見えた。
 
「メリークリスマス・・・・・」
そのセリフの後、エンディングへと向かう曲が流れ出る。
映画の中でのそれは、死を覚悟した男のセリフでもあり、彼女が発した言葉とも感じられた。
不思議なことに、その役者兼お笑い芸人は彼女と誕生日が同じ日だったと知った時、この偶然にどんな意味があるのだろう?と不思議な感覚に襲われた。
今でも、この曲は彼女との大切な曲だ。
夫もこの曲を同じように思っていてくれていた。
 
 
今日はクリスマスイブ。
子供たちも集まって、孫までいてにぎやかなクリスマス。
ジングルベルやら赤花のトナカイやら、にぎやかな音楽が流れる。
 
そんな中、私は密かに心の中で再生する。
「Merry Christmas     」

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