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ひとりごと

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昔を思い出して書いて行こうと思います!
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「快」を上書きする

「快」を上書きする

「快」と「記憶」塗り替えられた「快」

何度話したとしても
相手の名前や顔が憶えられない

それは大人になってからも
治るとは限らなくて

「空氣が読めない」

と言われたり、
からかわれたり、
叱られたりしてしまう。

人は、
不快が続くと、

その感情に耐えられないから、

今の不快の状態を
「快」と思い込むことで
自分を納得させてしまう。

厄介なことに
人というのは、

ポジティブなことで

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13万円のワンピースと覚悟

13万円のワンピースと覚悟

私には、
体型維持しなければならない
理由があります!

それは…、

自分が個人事業主になったときに
思い切って買った、
EPOCAのワンピースとジャケットです。

中々優秀なことに、
このワンピ、
ストレッチ素材でもあるのだけど、

今、コレを買った時期のことを
振り返る時期が
来たのだと思います。

似合うワンピースを捜す2016年に出版された本で、
今から8年も前の話ですが、

政近準子さ

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年齢とこころ

年齢とこころ

火曜日はコチラに文書を書くことに
しようと思います

年相応に生きたいわたしは今まで
年齢に抗うということを
しないようにしてるんですが、

それって、
いつも私が年相応に
観られることが少ないから
なのかもしれないです

幼少期

小学生の頃は
体格が今と同様
大柄でしたので、

小2の時の集合写真は
大学生みたいと
担任に言われ、

高学年の頃から
小学校の裏なのにも関わらず
声を掛けられてた

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じぶんと繋がるじかん

じぶんと繋がるじかん

今週は
過去の自分と向き合っている

ここまで、
色んなことがあった人生。

30代後半のある日だったと思うけど、

こう思って生きてきた。

そんな今、
49歳と10ヶ月目を迎えた。

いま、わたしは、
退路を断って
東京という街に住んでいる。

そんなわたしを受け入れてくれている
この街は

とても温かく優しく感じる。

家族は共に居ないけど、

シッターとしてのわたしを
受け入れてくださって

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こころに
雨が降る日もあります

わたしにだって
あるけれど

そんなときってね
自分勝手だったりもしてて

そんなときほど

深呼吸して
一人で居なきゃなって
思う訳です

そしたらね
周りの優しさに気付いて
ホントの思いに気がつける

だからこそ
慌てずに自分に集中だな…と。

やさしいひと

やさしいひと

やさしさって
目に見えないけれど

そしてそれを出してる間
気がつかないことも多い

あたりまえ

なのかもしれない

わたしは優しくなりたいとは
思ってないし
そうあろうともおもわない

ただ
あたりまえでありたいと

ふとおもった

米津玄師君のアルバムの
7曲目に
「優しい人」って曲があります

この曲は
いろんな捉え方があると思うし

自分はどの立場なのか?

考えたりもすると思います。

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balance

balance

心にも身体にも
人間関係にも
ちょうど良い力加減が必要みたい。

どちらが強くても弱くても
真ん中で留まることは難しくって。

だからって
変に合わせようとすると

拗れたり
無理してたり
余計にややこしくなっちゃう。

垣根なんて
気が付いたら
無くなってたりして、

ひょい↑っと
自然に飛び越えちゃえば
めちゃくちゃ楽しくなる♪

合わないと感じるなら
思い切って
伝えてみるとか、

そこから

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豚にも草にも罪はない↓。

豚にも草にも罪はない↓。

昨日、ハッキリ分かったこと。

私…やっぱり秋キライ…↓。

涼しくなることは嬉しいし、
栗も梨も好きなのだけど、

ついに毎年恒例の
めちゃくちゃ頭痛いの来たんです↓。
そう、

アイツのせいで!!!

豚草!!!

私、豚草アレルギーだから、
メロンも食べられなくなったの↓。

しかも、
この時期になると、
住吉浜に北西風が入りだす↓

面(海水面)が悪くなるは
ウェイクシーズンも終わりになる

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開き直る強さを持つ為に

開き直る強さを持つ為に

嬉しいのに
苛立ったり

かなしいのに
笑ってみたり

ホントは素直になりたいのに
足がすくんでしまったり

どうしてそうなっちゃうんだろう?

私は私にしかなれないし、
そんなのどーだっていいし、
堂々と生きるって決めたのに…

私の心が窮屈になってしまうのは
未だ私が
結果に拘ろうとしてるからかな?

未だ未だみたい。

今日も瞑想して
自分と向き合おう!

思考の再考は最高!

思考の再考は最高!

それが必要かどうかを
考える時間というのは
意外と時間が掛かる

そこに他者が介入することで
早くなることもあれば
逆に遅くなり過ぎることもある

自分自身のこれからを
模索している途中に

自分の予測していないことが
立て続けに起きた場合

もしかしたらそれは
何か見えない力に
拒まれている気がして

不要なのかな?
自分には相応しくないのかな?
違うってことなのかな?

って思うことって
結構

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ありがとうございます!

ありがとうございます!



↑このノートに
共感して頂き嬉しいです!

SNSでのかなしい出来事か
少しでも減ってくれますように
その思いで書きました。

攻撃する、されるではなく、
適性な感情表現が出来る
子どもたちが
世の中に沢山増えて
思いやりと愛であふれますように…

感謝を込めて♡
Mahalo nui loa♪

en

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はじめて君を見かけた場所は
雑踏したコンコースで
実は君に気づかずにいた

声を掛けられたとき
間違った人を見ていたので
洗い立ての髪のせいにしたけど
実は…少し照れ臭くて恥ずかしくて
ちょっぴり気まずかった

あの日の私は
少しだけその場に居ることに
ほんの少しだけ
罪悪感を抱えていたのだけども
君の笑顔を見たら
すっかり吹っ切れていた

冬の始まりで
買い物をした後の君は
とてもにこやかだった

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どうでも良いこと

どうでも良いこと

貴方が誰が好きとか
私をどうしたいとか

結局どうでも良くて

ただ
そこに居て

今を生きていればいい

そう思う

子育ての中でも
人間関係の中でも

私が私自身を
思いやり思うことが

相手を思いやることなのかもしれない