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【創作大賞2024オールカテゴリー部門】【短編小説】黄色い折り鶴に乗って

あらすじ
誰も住んでいないはずの古ぼけたアパートの窓に見た、一人の少女。彼女の落した黄色い折り鶴は何を意味するのか…… 

  黄色い折り鶴に乗って

 夢には二つの意味がある。一つは夜に見る夢、二つ目は願望としての夢だ。しかし、夢にはもう一つの世界があると、東吉は今でも信じている。

 中学三年の、一学期のことだ。通学途中に、「巫山莊(ふざんそう)」という年代物のアパートがあって、どことなく大好きな江戸川乱歩の小説にでも出てきそうな雰囲気が気に入っていた。写真家の父上の影響もあって、東吉は学校では写真部に属し、特に昭和レトロの世界をモチーフとして選らび、古い木造家屋などはかっこうの被写体であった。
 児童の部ながら、コンテストで入賞したこともあり、将来は父上の写真館を継ぐことも視野に入れていたのだ。

 日曜日のこと……憧れだった某有名写真家を真似て、ファインダーを覗かないで撮ってやろうと決意して、東吉はカメラをたすき掛けにチャリに乗った。
 まずは近場の神社、商店街……そしてお気に入りの「巫山莊」の前では、ほとんどそっぽを向きながらの連写を試みてみた。

 その日の夜、撮った作品をパソコンに取り入れて検証してみると……やれやれ、どんな傑作が偶然の中から生まれるのかと期待していたのとは裏腹に、写真はどれもピンボケの失敗作ばかり。やはり、高度なテクニックを駆使するには無理があったのだろう。
 舌打ちのままに見てゆく中には、当然お気に入りの「巫山莊」の写真も混じっている。芸術性ゼロの駄作を前に溜め息をついていると……ふと、窓に向けてシャッターを切った写真の一枚に、一人の女の子の姿が写っているのだ。手ブレのせいで、多少ピントはズレていたが、目鼻もハッキリ識別できるのだ。拡大してみると、二階の窓から身を乗り出すようにして、こっちを見下ろしているようにも感じられる。白いブラウスに三つ編み……たぶん、同世代だろう。眉毛が濃くて、真ん丸い目がちょっとビックリしたように見開かれている。東吉としては全く意識はしていなかったけれど、たぶん、出し抜けにレンズを向けられて驚いてしまったのかも知れない。

 女の子の顔を見ているうち、失敗作として削除するどころか、いっそ途轍もなく大切な一枚のように思え、胸苦しい気分に東吉は襲われた。

 思えば、中学一年の時から、二度ほど……同学年の女子に対して、これが「恋」? ……といった感情を抱いたこともあったのだけれど、今回はそれとは叉違った……なんだか人生の深い所で繋がっているような、言い知れぬ感動を覚えるのだ。

 今まで全く気が付かなかったのだが、同じ中学の生徒に違いない。

 東吉は翌日……目を凝らして窓辺に写った女の子を校内に探したものの、全く見つけることは出来なかった。翌日も、その翌日も……

 代わりに、数日後の登校中、つい見上げる「巫山莊」の窓に、目当ての女の子を見つけたのだ。しばし立ち止まって見上げる東吉に対し、女の子はすぐに身体を引っ込めてしまったものの、その日をきっかけに、東吉はほぼ毎日登校途中、窓辺の女の子を見つけることが出来た。時には、下校途中でも、なんだか待ち伏せされているみたいに窓辺にその女の子は顔を見せる時もあった。

 もしかしたら、学校に行っていないのだろうか? 何かの病気なのだろうか?

 じきに中学最後の夏休みに入ったが……今度は塾の行き帰りに、その女の子は窓辺に現れて、てっきり東吉を待ち受けているようにも感じられるのだ。
 いつも制服みたいな白のブラウス姿で、時代がかった窓枠に納まっているせいか、五月に行った修学旅行のことを思い出してしまった。もちろん、その旅行に当の女の子は参加してはいなかったわけだけれど、ふと京都の古いお寺の前に佇んでいる姿を思い浮かべてしまう。

 旅行では父上から借りたプロ仕様の一眼レフで、友達や、東吉の写真の腕を知っている女の子達の写真も撮りまくったものだが……今にして、その中に一番撮りたかったはずの一枚が無かったことが無念でしかたがないのだ。

 案外、窓辺の女の子が本当はあの修学旅行に行きたかったのに、退っ引きならぬ理由で欠席してしまったように思えてくる。もしかしたら、女の子の足下には未だその時の旅行用のリュックが置いてあって、例え夢とても、その日を待っているようにも感じられて……

 なんとか、友達になれないだろうか? そして、もしも……もしも、修学旅行の特別バージョンとして……二人で京都なりとも旅行が出来たら……どんなに素晴らしいだろう。

 とんだ空想に勉強に身も入らず、夏休みも終盤の、ある日の昼下がりのこと。
 塾の講習も終わり、東吉は改めてカメラをぶら下げて「巫山莊」に向かった。モデルになって下さい。思い切って、そう声を掛ける決心をしたのだ。
 思えば父上も学生時代、街で見かけた女性に声を掛け、写真をお願いしていたそうで、なんとその時の一人が母上なのだ。

 すこし離れた所からでも、窓からちょっと身を乗り出している女の子の姿が見えた。ぼんやりと空を見上げているようなのだ。絵になるじゃないか!
 東吉は自転車をアパートの前で止めると、カメラを手にファインダー越しに二階の窓を見上げる。女の子はまだこちらには気付いていない。
 思えば、これまで何度も顔を見せ合っていて、思い込みかもしれないけれど、軽い会釈とか、小さな微笑みを送ってくれた気もするのだ。

 よし。今日こそ、切っ掛けを掴んでやる!
 
 空を見上げる女の子にピントを合わせた時、不意に彼女がこちらを見下ろす。あっ、という声がかすかに耳に通ると同時、女の子の手にしていた黄色い紙切れのようなものが舞い落ちてくるのだ。
 足下に落ちたのを拾い上げてみれば、それは黄色い折り紙で作った折り鶴であった。
東吉がそれを拾い上げ、改めて窓を見上げると、女の子は両掌で顔を覆い、ちょっと慌てているように見える。チャンス到来!
 東吉は一度深呼吸をしてから、
「あの……この鶴、まだ上手く飛べないのかな?」
 つい、折り鶴を掲げると、
「ごめんなさい」
 済まなそうに、すぐに返事を返してくれる。ここまで来ればしめたものだ。言葉は自ずと口をついて、
「まるで石ころでも落としたみたいだね」
 女の子は、ちょっと照れ臭そうに微笑むと、
「ねえ、変なこと言っても……笑わない?」
「……もちろんさ。例えば、この折り鶴に乗って修学旅行に行くとか……」
 女の子は、ハッと息を飲み、数刻を置くと、
「やっと、やっと出会えた。私のカンなんだけど……あなたと一緒なら、その黄色い折り鶴に乗って、旅が出来そうな気がするの……」
「なんか、僕もそんな気がする……」
「ちょっと、待ってて……」
 女の子がすぐに身体を引っ込める。

 気持ちが悪くなるまでに心臓が高鳴る。
 なんていう名前なんだろう? とにかく、下に降りてきたら、写真を撮らせてもらおう。

 カメラの設定を自動から、父上に教わった露出優先に変更して、東吉は待った。

 五分が過ぎる。女の子は現れない。着替えでもしているのだろうか? ヘアスタイルを直しているのだろうか? まさか、旅行の支度?

 十分が過ぎる。女の子は現れない。
 改めて窓を見上げてみるのだが、女の子の姿はなく……なんだか、幻を見ていたような気分にもなってしまう。
 確かに、窓の向こうにほのかに窺える室内は、明かりとてなく……どこか廃虚のようにも見えてしまうのだ。不安が突き上げる。
 それでも、未だに掌に乗せたままの黄色い折り鶴は、たった今折りあげたばかりみたいに生きがいい。今にも、翼を翻して飛び立ちそうにも感じられるのだ。

 そして、三十分が経過する。女の子は現れない。

 その時、背後に声が上がって、
「何か……このアパートに思い出でも?」
 振り向くと、七十がらみの白髪の老人が立っている。反応に戸惑っていると、
「あっ、もしかして写真撮影ですか? なかなかふぜいのある素敵なアパートでしょ。一度雑誌にも紹介されたことがあるんですけど……明日にはもう解体が始まるんですよ……」
「解体……ですって?」
「ええ……もう三年越し、誰も住んでいませんし……」
 問わず語りの老人によると、なんでもこの「巫山莊」の大家らしく、息子夫婦の新居もかね、新しくマンションに衣替えするという。
「あの、ちょっと……実は、たった今……すぐ上の部屋に女の子がいて……この折り鶴を落として……」
 なんだか、自分の言っていることが、夢の世界のようでもあり、東吉がしばし口ごもっていると、
「はっは……脅かさないで下さいよ。千鶴子の幽霊でも見たっていうんですか?」
「千鶴子さん?」
「ええ、私の孫なんですけど……実は、あの部屋の最後の住人だったんですよ……」

 話によると、三年前の雑誌の写真撮影の時、たまたま老人に付き添っていた孫の、当時中学三年の千鶴子さんを、昭和時代の住人に見立てたという。
「もしかして、白のブラウスに三つ編み……」
「……そう。確かに……」
 老人は眼鏡を掛けると、バッグから撮り出したスマホをたどたどしく操ってから、
「ほら、これが、その時の写真です」

 息を飲むも道理の、「巫山莊」の、たぶん二階の部屋で、振り子時計を背景に照れ臭そうに立っている女の子こそ……
「……その千鶴子さんって?」
 老人が不意に涙声になって、
「あの二階の部屋で……首をくくって自殺したんです……」
「そんな! 嘘で……しょ……」
「修学旅行の前の日でした……。そう。私もあの子の両親もまるで気が付かなかったんですけど……すごいイジメにあっていたみたいで、修学旅行には来るな、って言われ続けてたそうで……」
「……!」
「折り鶴に乗って……夢の世界に旅に行くって……そんな遺書を残して……」

      ※

 あの時から二十年が過ぎた。
 その間、父上が亡くなり、写真館も畳み母上との二人暮らしながら……東吉はなんとか写真家として生計を立てている。一時はファッション系を目指したが、この業界、実力よりコネの世界とあって、今は家族写真中心の、ネットを駆使しての営業も四苦八苦、女も寄りつかないアブレ写真家であった。
 そろそろ私の葬儀用の写真も撮っておいて……そんな母上の台詞も皮肉としか聞こえない。

 それでも、東吉には大それた夢があるのだ。ガラスケースの中に、今でも大切に保管してある黄色い折り鶴に乗って、夢の世界に旅立つという……

 ケースの脇には、古い雑誌から切り抜いた、あの「巫山莊」の住人に見立てられた千鶴子さんも小さく微笑んではいるが……やはり、ピンボケとはいえ、初めて自らカメラに納めた、ビックリしたような千津子さんの方を東吉は愛している。

 そして、「ちょっと、待ってて……」

 そう言い残してくれた千鶴子さんの声は、昨日のことのように覚えているのだ。

 母上の嫌みを背中に受けながらも、東吉は暇を見つけてはチャリに乗って、一銭のカネにもならない……ファインダーを無視した写真を撮り続けている。
 三番目の、本当の夢の世界を生け捕りにするために……
  
 「ちょっと」が例え千年でも、待っているつもりである。二人で、黄色い折り鶴に乗って……夢の世界に旅立つまで……

              了

 

 

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