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【SF連載小説】 GHOST DANCE 23章

   

     23 闘技士


「全く、君もついていない。又もや、臓器を剔出されるとは……」
 涼一郎の声であった。悪夢から覚めた直後である。以前と同じく、脱力感に首を動かすのも億劫ながら、目の動きで探れば当然のごとくに病室。しかし、それまでとは別の個室のようであった。
 涼一郎の説明によると、美也子が『遊民窟』で思わずプロジェクトの名を出したことが足のつく原因になったらしい。もちろん、稲垣博士の指図おこたりなく二人はまっすぐ元の木阿弥の運びに至ったという。
「して、今度はプロジェクトの手によって、俺の臓器を引っ張り出したって寸法か。で、美也子は……」
「そう先をせくな。とにかく、とんだ親馬鹿ちゃんりんでね……」
 すなわち、貴宏が父上の稲垣博士に涙の嘆願をすることには、ぜひとも《愛の臓器》を己れの身に移植したい。人体実験の志願である。やはり、恋の一念か。いや、そうとも言えない。片足を色、そしてもう一方を欲の泥沼に突っ込んでなおも懇請するには、美也子の《愛の臓器》は、例のブローカーに売ってもらいたい。
 事情は、こういうことであった。やみのブローカーといえば、今も昔も狡猾さでは人後に落ちない。以前の移植失敗なぞ所詮先方が口外すまいと甘く見たか、《愛の臓器》を最先端のバイオテクノロジーにより体内で培養した子孫繁栄のための「夢の臓器」として、選ばれた皆様方のためにと宣伝あざとく、値段法外なほど相手はいっそう信じる詐欺の極意あらたかに注文はひきをきらず、数にかぎりがと切り出せばつい値も釣り上がって、ここにブローカーの笑いは止まらない。
 しかも、一番手に名乗りをあげたレシピエントたる娘の父上は、《ブルー・サングラス》直系の有力者という。コトがうまく運んだ暁には、「夢の臓器」の匿名研究者、すなわち貴宏もそれなりに引き立てるとの密約も取りつけた。安定した超エリート。そして、したたかな女狐。二つの魔の前に、貴宏の尻子玉は見事抜き取られたけはいであった。
 ブローカーの甘言尽くしは貴宏を飛び越え、稲垣博士にも囁かれる。無論、甘言の裏にはオドシがある。いみじくも『ホワイトカード』を持つ身、臓器ブローカーふぜいのオドシにひれふすは腑におちない。ついては、親馬鹿ちゃんりんの思想こそ、すべてを曖昧にする唯一の方策であった。
 まずは、美也子の《愛の臓器》を剔出、一部は切り取って稲垣博士の研究に供するはブローカーのサービスか。そのように、稲垣博士は初めて目にする研究材料に、前後の事情なぞさっぱり忘れて顕微鏡を覗き込めば、その間貴宏は恋の気合にやみの手術に身を委ねる段取りであった。
 そうはいってもはたして稲垣博士、むざむざ危険承知の移植を息子に許すものか。こっそりブローカーに耳打ちの、貴宏への手術はしばし待ってくれ。ところが、ブローカーはもともと一筋縄ではゆかない。貴宏の涙の悲願と稲垣博士の耳打ちとを足して二で割ったところの結論は、移植したと見せかけてちゃっかり別口のお客様に流用することに他ならない。
「とにかく、貴宏のやつはすっかり移植されたものと思い込んでいる。実は、たった今会ってきたところだ。涙を流して訴えたね。《愛の臓器》の霊験あらわれて『恋煩い』で苦しいながらも、すごい勃起力だそうだ。例の女のところに飛んでゆきたいらしいが、なにせ籠の鳥だからね」
「籠の鳥。どういうことだ」
「貴宏のやつ、逮捕されたのさ」
 話は、こういうことであった。ブローカーによって《愛の臓器》を移植されたお客様は、結局一週間を待たず以前と同じ運命の狂死。ブローカー一味は金をかすめて、雲を霞の幕引きという。ところが、先の移植で跡取り息子を失ったK産業の会長がプライドを捨て、病院当局に訴え出ていたという。当局はその頃より貴宏に目をつけていたとみえ、今回又もや謎の臓器移植でエリート階層の御曹司がくたばったとあれば、これを「臓器爆弾」によるテロと断定、すみやかに捜査網は貴宏に及んだしだいであった。
「もちろん、稲垣先生もエリート。事前に、息子逮捕の内報は受けた。そう。君に自白剤を投与して件の臓器についての尋問の最中だったが、結局は僕が呼ばれ、なんとかしてくれと泣きつかれたわけだ」
 確かに、放っておけば捜査はプロジェクト全体に及ぶ。涼一郎はとりあえず冬吉を別の病室に移し、元来存在証明のない身とあれば、偽名をこしらえてこれを糊塗する。当然、涼一郎も事情聴取を受けたが、ひたすら知らぬ存ぜぬの、さっそく稲垣博士と善後策を練っての結論は、すべての責任はブローカーに押しつけ、《プロジェクト・プシケ》の名は権威をつけるため勝手に利用されたのみにして、問題の謎の臓器は当プロジェクトの預かり知らぬ産物であるという線にもってゆくことである。
「ところが、ここに一つ問題が残る。美也子君のことだ。彼女はナース。カードもイエロー。当局のやり口は、まず階層の低いやつに罪をなすりつける。まあ、当分は急病のため、事情聴取は待ってもらうよう手は打ってある。しかし、調べが始まれば、美也子君の胸に手術のあとは隠れもない。ブローカーの宣伝どおり、件の臓器を生体で培養したと言われてもしかたがない。今は監視つきの病室に閉じ込められ、僕も手出しはできない。とりあえず貴宏には弁護士を通じ、《愛の臓器》については一言も漏らすなと伝えてはいるが……」
「どうする気なんだ」
「先生の考えでは、美也子君をブローカーの一味として当局に突き出し、残った我々で研究を続ける」
「美也子一人に罪を負わせるのか」
「切り捨てる以外はない。いずれ、美也子君は拷問を受け、口を割るだろう。無論、君のことも。ついでに、君以外の凍結人間のことも。結果、現院長の秘密にも触れる。こうなれば、自動的に権力が働く。美也子君一人が犠牲になれば、すべて丸くおさまる」
「冗談じゃねえ」
「これ以上のことは、僕にはできない。それでなくとも、一度は君達を逃がそうとした。君達がドジを踏まなければ、僕にして今頃どうなっていたか判らない。この上、危険を冒して美也子君を救う義理はない」
「冷たいやつめ。それにしても、なんで一度は俺達を逃がした。こころはどこにある」
「そう。こころね。僕としては、もうこのプロジェクトに意味はないと思っている。あんがい、君一人だけなら、逃げ出せないこともないがね……」
「どういう意味だ」
 涼一郎はそれには答えず枕頭台のリモコンを取り上げると、ベッドの足元の壁に貼りついたテレビのスイッチを入れ、
「焦るな。それでなくても立て続けの荒っぽい手術たたって、一週間、半ば昏睡にあった身だ。例の臓器にして、まだ以前のようなすみやかな復元はみない。とにかく、体力回復を待て」
 今更ながら、冬吉は己れのからだから力が抜け落ちていることに思い至った。臓器を抜かれた空隙むなしく、そこにはもはや、美也子をなんとしてでも救おうという気力すらも宿っていないのか。なにくそ……

 テレビから流れる勇壮なマーチに冬吉が何気なくその方に目を流せば、コロシアムでのライブとみえ、かって見た建造物の全貌が映し出されている。涼一郎も音量を調節すると冬吉の枕元後方に退き、椅子の背もたれに頬杖をついて腰掛けた。
 画面にはアナウンサー、解説者、ゲストタレント横並びの野球中継にも似て、まず初めの口上に、数日前幽霊騒ぎの犯人が捕まり、調べてみれば人間にあらず、退化したけものとのこと。さっそくこれを闘技士にしたて、今宵のコロシアムに特別出演させる趣向と知れた。冬吉は息を飲んで画面に食い入った。
 解説席での会話に、
「とにかく、頭のないいきものだというので驚きました」
「頭がない。はっは、それはさだめて『馬鹿』というけものでしょう」
「本当に馬鹿馬鹿しい姿で笑えます」
 出し抜け、アナウンサーが一個の首を持ち上げ、すかさずクローズアップ。ああ、それこそかの刑天の、苦心惨憺の頭部に違いなかった。テロを敢行すると明言した刑天。しかし、解説されるその罪状はひたすら幼稚な幽霊であって、脳のない身の、いかに下等ないきものであるかを執拗なまでに語り続けた。いつしか首はタレントの手に移り、あたかも文楽人形の頭をふざけて操るに似て、ついで腹話術の、目をぱちくり唇を奇妙に歪めるは何やら有名歌手の物真似らしく、アナウンサーも解説者も手を打って笑いころげていた。
 やがてカメラはコロシアムに切り替わり、「不老不死」を称えるセレモニーのあと、ようやく闘技士登場の運びであった。
 ファンファーレ高らかに鳴り響き、初めに登場したは先祖返りのけものを父に持つという三つ子の闘技士、人呼んで「ゴリラ三人衆」。揃って鍛えあげた巨漢の、鎖帷子で身を守り、手にはそれぞれ剣、刺股、鎖鎌。アップになった面はと見れば類人猿の目鼻に犬の口、牙は光って涎だらしなく、肩から背中にかけ栗色の長毛でおおわれている。どうやら人気抜群のトリオとみえ、歓呼渦を巻き、応える態度も見事調教の、誉れと卑屈が程よくないまざった。
 続いて、突き出されるように現れたは皮の褌に棍棒一本の刑天。とたんに沸き上がる罵声には、
「バーケモノ! バーケモノ!」
 しかし、刑天はたじろがない。胸に開く両のまなこを輝かせ、拳を握り、取り巻く観衆の一点の、おそらく貴賓席の《ブルー・サングラス》を指差し、声はりあげての演舌ながら、マイクはその声を拾おうとはしない。代わりにひときは音量かしましく、腕ふりあげての観衆の痛罵にエコーすらかけ、
「バーケモノォォォ! バーケモノォォォ!」
 うちつけ「ゴリラ三人衆」の雄叫びものすごく、すばやく刑天の左右、そして後方に散らばるさき、初めにうなったは背後からの鎖鎌の分銅ながら、刑天、馬手の棍棒でこれを絡めとれば、すかさず左に控える刺股が刑天の足をとらえる。バランスを失うところに剣が飛べど、怒りの棍棒は鎖を引きちぎってこれを受ける。
 一進一退の死闘は続く。しかし、所詮三対一。頼みの棍棒は鉄の刃には脆く、素手もて刺股をへし折ったと見る間に、鎌が刑天の肩に食い込んだ。鎌を食い込ませながらも、刑天はひるまない。へし折った刺股を両手に逆襲に出れば、卑怯千万、武器を失って背中を見せた二匹のゴリラの手にいつのまにか強弓の、つがいて放てば二本の矢もろとも刑天の胸板を貫いた。血煙あげてどうと膝をつくかと見れば、左右より素早くこれをねじあげる。観衆は今や昂奮絶頂の、オーレオーレの大喝采轟きわたるはさながら闘牛場。
 そのように、荒らぶるマタドールのこなし残忍に、剣はためらいもなく刑天のまなこの一つを抉り取り、血吹き出るをなぶりつつさらに残る一つにとどめの刃は突き通った。その瞬間、刑天は叫んだ。
「俺は、人間だぁ――!」
 集音マイク慌てて顔をそむけるにして、たけりくるう拍手歓声にグサリ突き刺さるその叫びは紛れもなかった。
 コト切れ、血を吹いた刑天のからだがのけざまに崩れると同時に画面入替わり、操りにも似た所作ぶきっちょに、パタパタと鷹揚な拍手を送る《ブルー・サングラス》どもをカメラは仰角にとらえた。
 冬吉は叫びたかった。動かぬ己れの肉体を鞭うって、人間の尊厳の最後の証として、刑天に代わってなおも叫び続けたかった。
 しかし、それよりも早く、背後にひきつった別口の叫びを聞いた。涼一郎であった。涼一郎は口を開いてそのまま硬直したような顔の、ふらふらと立ち上がったのが、
「どっちが、バケモノだ!」
 そう泣き叫ぶとリモコンを投げ捨て、よろめくように部屋を出た。

 テレビには、闘牛のように殺された刑天を取り囲んで小躍りしつつ凱歌を奏する「ゴリラ三人衆」、続いて圧倒的な拍手に送られて退場する《ブルー・サングラス》どもの姿が映し出された。
 冬吉は、転がり落ちる意気込みでベッドを降りた。点滴壜を吊す支柱が倒れ、ひきつった針で右腕の静脈が抉られた。構うものか。冬吉は、床に落ちたリモコンめざして這った。画面ではハイライトの再生と、ゲストタレントの昂奮した感想が流れている。
 この来世に来て、初めて涙が出た。悲しみ以上に悔しい。刑天の、頼もしい掌のぬくもりが蘇ってくる。友よ、俺を許してくれ。テレビを消し、冬吉は扉まで這い進んだ。扉を叩き、声を限りに叫んだ。
「開けてくれ! 開けてくれ!」
 血に染まった刑天の姿に、美也子が重なる。不意に、胸の奥に激痛が走った。無意識のうちにベッドに戻ろうとする己れに憤りつつも、冬吉の意識はすでに闇の中に螺旋を描いて沈み始めていた。

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