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【日本酒】20代男子が脱サラして「間借り居酒屋」を開いたわけ(豊田千木良さん)

東京、神田。平日ビジネスパーソンで賑わう都心の街は、週末になると人の往来が減り、多くの飲食店はシャッターを下ろします。そんな定休日の飲食店を「間借り」して営業しているお店があります。

「間借り居酒屋ちぇけ」

千木良さん(通称ちぇけくん)

店長は豊田千木良(とよだちぎら)さん、26歳。実は彼、日本酒の世界では名の知れた存在です。東京農業大学在学中に日本酒にのめり込むと、全国の酒蔵をめぐり、自ら「日本酒サークル」を設立。卒業後は全国の酒造組合の総本山「日本酒造組合中央会」に就職した、若き「日本酒エリート」です。

そんな千木良さんが、突然仕事を辞めて「間借り居酒屋」を始めました。いったい、なぜ?

僕が、間借りで居酒屋をはじめた理由

話を聞きに訪れたのは、神田にあるシェアハウス「神田酒家」。千木良さんはここを友人と共同運営し、暮らしています。

「大学卒業と同時に始めましたので、もうすぐ3年ですね。ゲストハウスとしても運営していて、お酒好きな友人や酒造関係者の人が遊びに来てくれることもあるんですよ」

シェアハウスには200種以上の日本酒がある

人と出会う「現場」が、僕の生きる場所

なぜ突然、「間借り居酒屋」をはじめたのでしょう。改めて聞きました。

「僕が日本酒を好きになったのは大学時代(あ、それまでは全く関係のないバイオサイエンスの研究をしていたんですけどね)。酒蔵に見学やお手伝いにいって体験したり、日本酒好きな仲間とお酒を飲んだりといった、フィールドワークが何よりも楽しかったんです。

その後、日本酒文化を応援したいと(日本酒造組合)中央会に入ったのですが、業務は事務職がメイン。現場に出たいと、ずっと思っていました」

しかし「事務職」から「居酒屋」は、大胆な転換ですね。もともと調理業務の経験はあったのでしょうか?

「いえ、ないですね。居酒屋でバイトしていた時もホールでした。僕の母が料理好きで、僕もよく作っていたという下地はありましたが、本格的に包丁を握ったのは就職してから。このシェアハウスを始めて、みんなに料理を作るようになってからです」

「僕は魚が好きで、よく築地にも行っていたんですね。次第に市場の魚屋さんと仲良くなり、忙しい週末などお手伝いに入るようになりました。すると魚屋の大将から『この魚もっていけよ』『いいの入ったよ』と、お魚をわけてもらったり、おすすめを教えてもらうようになったんです」

会社勤めと並行し2年半ほど、市場で魚をもらい(または買い)、捌き方を教えてもらい、仲間に振る舞う。まるで大将から魚の『宿題』を出してもらうかのように、千木良さんは毎日魚に触り続けたてきました。

「間借り居酒屋ちぇけ」をはじめたのは2022年秋。飲食店にとって厳しい状況が続くこのタイミングで、開業を踏み切った理由は?

「居酒屋さん、好きなんですよね。お酒がおいしくて料理がおいしくて、そんな大好きなお店がつぶれていく世の中になってしまっている。その流れに、自分なりに対抗できないかって。

居酒屋さんで僕が一番好きな部分って、気の合う人たちが集まる空間の雰囲気や、そこで生まれるコミュニケーションだと思います。

これまで、日本酒をきっかけに多くの知人・友人ができたことが、僕にとっての資産でした。みんなが気軽にやってきて、おいしい料理とお酒を楽しみ、コミュニケーションをとれる場所をつくることができれば、この時代でも飲食店は続けられるんじゃないかって」

「それで、僕が通っていた居酒屋さんに相談して、定休日にお店をさせてもらうことにしました。お店にとって定休日は、売上がなく家賃だけがかかる日。そこに僕が入ることで、場所代を払うことができますので」

現在、千木良さんは「KURARA(神田)」「アメ横二郎(上野)」で、週2日ほど間借り営業を行なっています。

※記事トップ画像はアメ横二郎での写真 千木良さん提供
※営業は不定期。4月からの活動は記事末を参照

自慢は酒と魚。あえて「ど直球」なメニューの理由

「間借り居酒屋ちぇけ(KURARA版)」の名物、刺身盛り合わせ

「間借り居酒屋ちぇけ」の料理の目玉は、千木良さんがお手伝いする築地の魚屋で仕入れた、その日の新鮮な魚介です。

「魚の質には絶対の自信がありますよ。というのも、築地の師匠が目利きした上質なものばかりですから。さらに、魚屋で働いているため、仕入れを見て『これは!』というものは、店に並ぶ前に特別に買わせてもらうこともあります」

一方、最近の人気店に見られるような、凝った創作料理はなし。20代の若者が新たなお店として取り組むには、あまりにも直球でシンプルです。

「絶対においしい魚と、絶対においしい日本酒があるんです。

であれば、料理人としての経験が浅い僕が工夫を重ねるよりも、おいしい素材をそのまま味わってもらうことが一番いいと思うんですよ。

それに僕自身、直球の『居酒屋さん』が好きなんです」

千木良さんオリジナル(タンク買いしたそう)の日本酒「千実」

「食べログ」は不向き。それでも毎日活況な理由は

「間借り居酒屋ちぇけ」の仕込みは、週2回ある営業日の前日に行われます。早朝に市場の魚屋で働き、魚を仕入れて帰宅し、仮眠。午後からシェアハウスのキッチンに立ち、魚を捌きます。

築地の師匠が選んでくれた包丁。大切な仕事道具

メニュー数は決して多くないものの、すべて一人で仕込むのはかなり重労働。深夜までかかることも珍しくないそうです。

「仕込みもそうですが、実際にはじめてみて『間借り居酒屋』の難しさも痛感しています。週に2日しか営業しないため、売れ残ると翌日に回すことができません。毎回準備のために食材や道具、お酒を運び、片付けるというのも結構大変ですね」

居酒屋営業中、真剣な様子

「そのため、準備に時間がかかって営業開始が遅れたり、オペレーションが悪くて『お客さんを待たせてしまったな』と思うこともあります。多分、グルメサイトなどで出ると『提供が遅い』など低評価になるんだろうなって、そこは反省しています」

それでも「居酒屋ちぇけ」の営業日は大盛況。オープンしてまもなく、会社員時代の収入を超えたほど順調だといいます。その秘訣は?

「日本酒の仲間たちですね。営業するとSNSでいうと、誰かが顔を見せてくれています。飲食店って常連さんができるまでの開店数ヶ月は赤字というのが一般的なのですが、最初からそういった”つながり”があるのは、とても大きいです」

ほぼ満席の店内

実際に、お店にお邪魔した時も「遊びにきたよ〜」と千木良さんの友人が続々と来店していました。オフィス街の休日の居酒屋とは思えないカジュアルで活気ある雰囲気。そこに加えて「日本酒好き」「日本酒業界」の人たちがこぞって足を運びます。

「お客さんは、友人でもはじめての人でも、一緒に楽しんでほしいと思っています。お客さん同士で自然と会話が弾んでいる様子を見ると嬉しいですね。

大学時代に日本酒サークルをつくったときも、社会人になってシェアハウスをはじめたときも、同じことなんだと思います。僕はいろいろな人が集まって楽しんでくれる『場』をつくるのが好きなんですよ」

ブリの解体ショーの様子。写真:千木良さん提供

「居酒屋」は、日本酒の未来のための場づくり

取材時(2023年1月)は週に2回の間借り営業でしたが、3月からは店舗を共同で借りるなど、「居酒屋ちぇけ」の活動はより本格化します。しかし千木良さんは「ずっと居酒屋で生計を立て続けるつもりはない」と話します。

「こういうと、本気で飲食に取り組んでいる人に失礼に聞こえるかもしれませんが、当然そんな意図はありません。僕はプロの飲食の人のように料理を突き詰めることはできないと思っています」

では、千木良さんが取り組んでいる「居酒屋」はどのような位置付けでしょう?

「これまでの僕は、主に日本酒の『造り手』とつながりをつくっていました。今取り組んでいる居酒屋は、飲む人、日本酒の消費者に対して、どうアプローチするか、ということに取り組んでいるんです」

その先に目指しているのは?

「僕は将来、『レンタル醸造所』をつくりたいんです。

これまで日本酒業界に携わってきて、課題も多く感じていました。実は今の法律では、新しく日本酒業界に参入することは難しく、お酒造りをしたいと思っても、自分で蔵を立てることはできません。

じゃあ酒蔵に就職したとしても、そこには代々跡を継ぐ蔵のトップがいますので、がんばっても自分の好きな酒を造ることはできない。そんな業界、夢がないじゃないですか。

将来的には、クラフトビールのように、若くて希望を持った人たちが、日本酒業界で自由に挑戦できる環境をつくることが必要なんじゃないかって」

日本酒イベント「若手の夜明け」の二次会を神田酒家で開催。多くの酒造関係者が集まった。写真:千木良さん提供

「レンタル醸造所があれば、『日本酒を造りたい』人がやってきて、自分の好きな味の日本酒を造ることができます。そこに必要なのは、飲んでくれるお客さんです。

僕が今、居酒屋営業でアプローチしているのは、まさにその『飲み手』。日本酒を飲む人たちのことをもっと知り、つながりを築きたい。

『日本酒を造りたいという人』と『それを飲みたい消費者』のネットワークができれば、両者を繋ぐことができるんじゃないかって」

「ここにくれば面白い造り手がいる。ここにくれば楽しく飲んでくれる飲み手がいる。そういう場を、僕はつくりたいんです。

最近はですね、もう毎晩毎晩、このことを考えてます」

千木良さん、ありがとうございました。

4月(予定)から、神田の歴史ある居酒屋物件を引き継ぎ、千木良さんの新たなお店「居酒屋ちぇけ」が始動します!

左から、(なぜか)隣の蕎麦屋の女将さん、ちぇけくん、以前のお店の店主ご夫妻

お店情報
東京都千代田区神田須田町1-14 栄華ビル 地下1階
4月1日オープン予定

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もちろん、お酒を飲みます。