100年酒場へ。88歳のお母さんと楽しむ、お酒と天ぷら『吉武商店』福岡・呉服町
酒屋さんの片隅で、1-2杯、ちょっとお酒を楽しむ。
そんな「酒屋以上、飲み屋未満」のお店を「角打ち」と言います。
福岡・博多の旧市街地に、まもなく100年になるという老舗の角打ちがあると、東京の飲食店の人より聞きました(その人はわざわざそれ目的で福岡へ)。
近年、「角打ち」といっても手の込んだ料理を出したりと多様性が進む中、渋くて古くて、ど真ん中の角打ち。「吉武商店」さんにお邪魔しました。
※女将さんの足が悪く、のんびり営業しているお店ですので、大勢での訪問や、手厚い接客を求める場合は不向きです。これから書く「お店の空気」をそのまま楽しみたい方におすすめです。
…あれ、閉まってる?元気な時が営業時間
場所は福岡市、呉服町。
多くの人で賑わう天神や博多から少し離れた(といっても徒歩十数分くらい)場所にある旧市街地です。
海に近く、古寺が並び、古い商店が残る、静かで趣のあるエリアです。
訪れたのは、土曜日の午後、雨でした。
閉店? シャッターは閉まっていて、でも一部半端に空いていて……どっちだこれ。準備中かと思い中を覗いてみると、「中へどうぞ」との声。
「(入る)ついでに、シャッターを上まで上げてください。手が届かなくて」
店内は、ひとことでいうとごっちゃごっちゃしています。
柱など木の艶は歴史ある木造建築のそれですが、テーブルや棚の上には大量の酒や食器、つまみ系(乾き物)、壁にはポスターやカレンダーが(多分)無造作に積み重なってます。
いろいろなものが所狭しと並ぶテーブルに隠れるようにパイプ椅子・丸椅子が並んでいて、そのひとつを引っ張り出して腰掛けます。座席のあるお店というより、家みたい(「散らかってるけど適当に座ってね」)です。
こちらが店主のイワ子さん。お年は「米寿やけんね。もういつ迎えが来るか」と笑います。
足が悪く、「ちょっと退いてね」とゆったり店内を移動して、冬場は定位置というストーブの前へ。「何飲みますか?」と、ここからスタートします。
ちなみに開店時間は「私が起きて家にいるとき」で、定休日は「ほとんどない。たまに金曜、(足の)病院にいかないかんけん、そん時は休み」とのことです。
100年角打ち。博多天ぷらで一杯
吉武商店の創業は1926(昭和元)年(西日本新聞より)。当時はよろず屋でしたが、次第にお酒が中心となり、角打ち営業に。数人入ればいっぱいになりそうな店内ですが、最盛期は40人近いお客さんで賑わったそうです。
「昔はお父さんもおったけんね。シャッター全部開けて、忙しかったとよ。山笠とかはこのすぐ近く通るけん、行事の時は表に席ばだしてね。
今はもう、私ひとりでやりようけん、手の込んだことはできん。お酒の種類も減らして、お客さんの好きな銘柄だけを残しとうとよ。
お酒は私の好み? いやいや、私は飲まんと(飲む姿を)見るのが好いとうと」
「天ぷらいらんね、近くに天ぷら屋さんがあって、それだけはいっつも買ってきとるとよ」
いただいたのは四角い魚の練り物「角天」。ちなみに博多では練り物を揚げたものも「天ぷら」と言います。醤油と一味を少し振って食べます。しみじみおいしい。
「ここのお店の息子さんは有名なってね。チューリップのドラム叩きよんしゃあ人よ」
常連さんは20代から90代まで
改めて店内をみると、みるほど、歴史を感じます。古いポスター、古いままのお酒、日に焼けた手書きのメッセージ。教科書に載るようなそれではなく、人の手による歴史の蓄積です。
イワ子さんが店頭に立ち始めてもうすぐ70年近く。常連さんは20代から90代までいらっしゃるそうです。
「このカレンダーに写ってる若い子は、まだ30代やったはず。いい子でね。大阪行って、それからカナダ行くって行って、『ばあちゃんまた会いに来るけんね』っていって見らんようになった。今は元気しようとかね」
注文はイワ子さんへ口頭で伝え、自ら取りに行く。天ぷらなどは、ストーブで温めてくれます。伝票はイワ子さんがノートにとってくれます。
「今日は雨やけん、暇やろね。ゆっくりしてっとってください。缶詰もあるけん、好きなの選んでください。ああ、貝ですね。温(ぬく)めたらおいしいけん、ほら、貸してごらん」
「ほらできた、火傷せんごと。私もこの貝の缶詰が好きっちゃん」
「あんまり動けなくてごめんねぇ。もう体が持つ分だけ。私のボケ防止のために続けとうようなもんやけん」
20代で吉武商店に嫁ぎ、ご夫婦で酒屋を営んできたイワ子さん。旦那さんは20数年前に他界し、意向おひとりで切り盛りしています。
「お父さんは、膀胱がんたい。でも、大の医者嫌いで病院嫌い。どんだけ病院すすめても行かんかった。(病気の症状は)痛いらしいけん、我慢しとったっちゃろうね。でも言わんけん、先にいってしまうったい」
「お客さんもさ、70過ぎてもタバコずっと吸って、私がやめろって言ってもやめん人がおって、心配になるとよ。でもその人は絶対にやめん」
福岡の地酒を「ストーブ燗」でいただく
日本酒について伺うと、福岡・久留米の地酒「比翼鶴(ひよくづる)」と「萬年亀」を常備しているそうです。
この、手前に置かれたケーキは何ですか?
「しらん。昨夜きた常連の人が忘れていったったい」
比翼鶴をお願いすると、「温(ぬく)めたが、おいしかよ」と、一升瓶からワンカップのガラス瓶に移し、ストーブの上の鍋にドボン。そのまましばらく、いい塩梅になるまで待ちます。
いただいた熱燗は、熱々でコップが持てないほど。でも、おいしい。比翼鶴、とてもやさしくてゆるゆるうまみが広がるお酒です。
「春には蔵開きがあってね、振る舞い酒が飲めて、酒好きにとっては最高の日があるっちゃんね。私も昔はいきよったけど、今は足がね。お兄さんよかったらいってみてくださいね」
雨の常連さん。自宅に帰るように店をのぞく
雨のなか、常連らしきおじいさんが扉を開けました。席に着き、買ってきたと思われるスーパーのビニールをカウンターに置きながら、「タバコ忘れたわ」とひとこと。
「どこにね」
「いや、わからん、自転車やろか」
「ばかぁ、こげん雨んなか、濡れろうが」
「ちょっと探してくる」
と、雨の中外に出るその人。会話のあとの静けさが店内に残ります。
「……まあ、でもあの人のタバコはボックスやけん、ひょっとしたら吸えるのあるかもしれん」
イワ子さんの話によると、その常連さんは70代。娘さんは独立しており今は一人暮らし。毎日日課のように店に訪れるそうです。
しばらく、扉の外、(多分もう濡れている)タバコを探しにいった街の景色を二人でながめます。
ふと、自分自身、ばあさん(祖母)と飲んだことなかったな、と思いました。大人になって親と飲むような頃にはもう入退院を繰り返していて、ゆっくり杯を合わせるようなことは、ありませんでした。
「親と飲む」話はわりと聞きますが、祖父祖母との酒席の話は、なかなか聞きません。
「この地図はね、常連さんで大学の先生が、この近くの古い地図をもってきてくれたんですよ」
例えば、自分が知らない、身近で遠い歴史の話。
例えば、たった2代昔の街の様子。
最近膝がどうにも痛い話。最近の缶酎ハイはどれがおいしくて、どれはお客さんに不評だったとかいうわりとどうでもいい話。
私の祖母もお酒が好きだったので、もしもっと早くその大切さに気づき、行動していたのなら、祖母と一緒に、上記のような話をお酒を飲みつつダラダラような時間ができていたのかもしれない。
熱燗でほぐれる頭で思いながら缶詰をつまみ、ぼーっとしていました。
「ああ、(先ほどでてった常連さん)帰ってきた。お酒やろ、ぬくめちゃろーかねー」
もうすぐ100年になるという吉武商店。
ごちそうさまでした。また、遊びにお邪魔しますね。
もちろん、お酒を飲みます。