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鬱蝉

ある夏の夜にございました、私は6畳程の部屋で今にも眠りそうな感覚を覚えてるていました
お恥ずかしい話、私という人間は人よりも病を多めに持つらしく、人里離れた田舎の平屋で生きていたのです。出入りは多くなく余り人と関わらずに毎日を過ごすのです、理由は病というか人嫌いというか
あまりに声が聞こえすぎて心を読みそうな程耳が良くて、なるべくひとりで生きていたのです。

さて今夜は風も程強く無く月の光が美しい 
生命の伊吹という蝉の合唱もよく聞こえて益々ひとりで居ることを思い知らされた時、誰かの声が聞こえたのです。
死にたくないよ
死にたくないよ
死にたくないよ

目を開けて微かに聞こえたその小さな声に驚き、私は身を起こし雑多に敷いた布団から飛び出していました。裸足のまま庭先に出れば誰もいないのでございますが私は確かに未だ生きていたいと強く願って死を怖がる声を聞いたのです。
月夜に照らされた小さな庭には人影はなくそこに生えたのがいつか分からない木だけが私を見下ろしていたのです……。
明日は一匹
次は誰だ
人は100年
僕は7日……
明日は二匹
次は誰だ
犬は数十年
僕は7日
死にたくない
死にたくない


頭上から声が聞こえて来たので私は震えに震え、
その場で耳を手で塞ぎガタガタとなりながらしゃがみこむと声すら出なくなり瞳を閉じた。

誰かが私の肩を掴み揺さぶって居るのがわかると
はた、と目を開け暫く何があったか説明出来なかったが昨晩の声を思い出しては私を助けに来た人間の服を掴み
お化けが、お化けがでたんだ!私は確かに聞いたんだ!お化けが、死にたくないって!

必死な様子が伝われば人間は驚きはしたが、昨日は特に何も無いしこの地にはそんな噂なんてないよ、と言葉を発する。
そんな馬鹿な……じゃあ誰なんだとふと前を見れば
一匹の小さな蝉が死んで転がっている。
何も無かったと
最初から風景に溶け込むような様子で死んでいた。

私は人間に支えられながらゆっくり起き上がってその死骸を丁寧に拾い上げ空を見上げては
お前だったか、と呟いた。


鬱蝉      終。


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