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過去の作品といまの私
私は結構、過去の自分の作品を読み返すタイプである。
その理由としては、まあ、ナルシストなのかもしれないし、懐古主義者なのかもしれないが、私が思っている理由としては、私というものを発展としてではなく、変化として、そして通底する何かを見つけるための活動として捉えたいからである。
というのも、昔の作品というのは未来に書いていた作品かもしれないし、現在書いている作品が過去に書きたかった作品、未来において書
偶然の自覚と倫理的成熟
偶然とは何かを考える時、ヒントになる考えがあった。
まず確認しておきたいのは、私は「偶然を自覚すればするほど、倫理的に成熟する」と考えているということである。
簡単な例で言えば、私の今の社会的地位はもちろん、私の存在、生命もまた、偶然に過ぎないと理解すれば、友達や偉い人、すべての人の地位や能力が偶然に過ぎず、偉そうにしている人はそれを知らない人、賢いと自称している人もまたそれを知らない人、さまざま
私の「私」の哲学と「仄めかし」
友達と話していると、こんな話題がその場を支配した。
病名だけ与える医師は医師なのか。
という話題である。
いや、正確にはこのような話題ではなく、もう少しライトな、「病名だけ伝えてくる医師」というユーモア的なものだったのだが、私はそれが面白いように思えた。
医師の医師的なプロセスを仮に、単純すぎて怒られそうだが、「症状の診断→症状の治癒」であるとしよう。
すると、医師の仕事はそれらを遂行すること
『新しい哲学の教科書』を読んで考えたこと
『新しい哲学の教科書』という本を読んだ。
私はびっくりした。
「これは私が考えていることの原理的な考察の可能性だ」とメイヤスーのことを思い、読み進めると、グレアム・ハーマンが私の「もの/モノ」概念をより深く、そして柔軟にしてくれることを知り、テイラーとドレファスが実在との直接的関係とその関係相互の関係性について「広さ」を持つことができることを教えてくれ、マルクス・ガブリエルは「意味の場」ということ