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きまぐれな夜(5)

「いらっしゃいませ。ようこそ。
      あなたは、この店の記念すべき最初のお客様です。」

おばあさんは、嬉しそうだった。

そして、テーブルに、カクテルが運ばれてきた。

注文もしていないのに・・・・。

「窓から、あなたが歩いてくるのが見えた。
   若くてかわいらしい・・・でも、元気がないように見えた。
            そんな、あなたにピッタリなカクテルはこれ!」


   ピーチフィズ : (ピーチリキュール ソーダ レモン)

カクテルなんて、飲んだことがないから、ドキドキ・・・ドキドキ・・・

でも、一口飲んで・・・・「ハー」 思わず声が出た。

文字通り生き返るような気持ち・・・。

おばあさんは、ニコニコしながら
       自分もピーチフィズを飲んでいた。

何を話すでもなく、二人は静かに杯を交わしていた。

初対面の人と差し向いで、カクテルを飲んでいる私。
異常な事態にもかかわらず、
リラックスして寛いでいる自分がいるのは
アルコールのせいなのだろうか・・・・。

やがて、グラスは空になった。

「ご馳走様でした。とてもおいしかったです。
               お代はいくらですか・・・?」

「あなたが注文したわけじゃないし、押し売りしたんだから
 お代はいただきません。
 ただ、もうひとつ押し売り言葉をもらってくれる?」

「ええ・・・・。」

命短し恋せよ乙女です。
 若いうちは、若いうちにしかない苦しみや悩みも多いけれど、
 今を楽しみましょう。というより、味わいましょうかな?
 どんな状況下にあっても、
 後から振り返るとその時にしか味わえないことがあるから。
 これは、私自身にも言い聞かせていることなんだけどね。
 今夜は来てくださってありがとう。」

「こちらこそ、ありがとうございました。」

私はフワフワした足取りで、店を出た。
振り返ると「BAR」の看板の灯は消えていた。

(づつく)