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沢登地区の切子

SNSで地元沢登地区で伝承されている「切子(きりこ)」について、制作の過程や祭典の様子を投稿したところ結構な反響があったので、note記事にしてまとめてみます。

まず「沢登の切子とはなんぞや」ということだと思うのですが、沢登切子保存会のホームページには

山梨県南アルプス市沢登には、如意輪観音と聖徳太子を祀る六角堂がある。毎年10月13日の例祭には、お堂の中に「切子」が奉納展示される。
この「切子」は、美濃和紙を5枚~10枚程重ねて、手作りの切り出しや「つきみの」と言う刃物を使い、図柄や模様などを「切り透かし」ていくまことに繊細な美しいもので、光に透くことから別に「おすかし」とも言われている。図柄や模様は、人物や花鳥風月など自由であるが、地紋として「麻の葉」を使わなければならないとされている。「切子」は、沢登の若者達によって作られるが、図柄を考え、仕上げるまで3ヶ月~半年もかかるので、その年の初めから制作に取りかかる。

全国各地には、小正月や盆・祭典等の年中行事の折に神仏に捧げたり、聖なる空間を演出するために作られた切り紙や切子が伝えられている。この「六角堂の切子」は、全国に伝えられた切り紙や切子の中でも特に繊細なものです。
祭典に奉納された「切子」は、区の先輩達による審査によって等級がつけられ賞が与えられます。

「切子」は、祭りが終わる14日に、観音様のお礼や供物と共に区内全戸に配られ、家内安全のお守りとして神棚などに飾られ大切に保存される。

以前は、「切子」の奉納は、男子成人に限られていたが今は、女性も参加するようになり、制作にかける長時間の根気と努力は、若者の修養の場ともなっている。現在、沢登区に「切子保存会」があり、伝承の中心となって活動している。
-沢登切子保存会ホームページより引用-

山梨県指定文化財の無形民俗文化財に指定されています。
実際の完成品は次のようなものです。

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つきみの

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この「つきみの」で細かい絵柄をチクチク彫っていきます。
小汚いのは努力の証ということでご容赦を。
ちなみに「つきみの」は全て手作りです。
(私が使ったのは保存会の方からいただきました)

続いては制作の様子について紹介していきます。

まずは図案づくり

沢登切子保存会では、毎年4月から毎月の第4日曜日に初心者向け講習会を開いてくれます。
僕は7月からこちらに参加して指導をいただきました。余裕を持って制作したい方はなるべく早い時期から参加することをお勧めします。

まずは図案を作るところからはじめます。
熟練の方に言わせると「図案づくりが最も大切」とのことで、この工程に何ヶ月もかける方もいるそうです。

図案作りには1つだけ決まり事があります。それは、地紋には麻の葉紋様を使うことです。この麻の葉紋様は祭典が行われる六角堂の柱や梁にも刻まれている沢登切子の象徴的な紋様です。その他は基本的に自由なのですが、絵柄のバックには六角形が使われる場合がほとんどです。

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初挑戦であるのと制作開始が7月末になってしまったので比較的大きめの8mmの麻の葉紋様を選びました。
併せて、六角形のサイズも選び、保存会で用意してくれた絵柄の中から直感で(とにかく時間がなかったこともあり…)「登竜門」を選びました。

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講習会の会場にはコピー機が備え付けられており、絵柄の大きさを調整します。
今回の僕の図案は絵が一つですが、複数配置する方はコピー機でサイズ調整やバランスを何回も調整するそうです。「図案作りはコピー機の横でないとできない」と熟練の皆さんも言っていました。
コピー機のない時代の図案作成は大変だったろうなと昔に思いを馳せました。

ここで、「いやいや、パソコンでやればええやないですか」とツッコミが入ると思います。僕自身もそうした方が効率的だし、制作の可能性も広がると思いますが、が!郷に入っては郷に従えの精神で、指導されるままの方法で最初はやってみることにしました。まずは、指導通りやってみないことには分からないことも沢山あると思ったし、初回から「こうやれば簡単じゃないですかぁ」とりんごマークのノートPC持ち出してくるヤツに気持ちよく指導してくれるとは思えません。

少し話がずれましたが、絵柄が決まったらカッターで切り出していきます。

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細かいところも丁寧に丁寧に切り出していきます。

絵の切り出しが終わると次に、絵のバックに置く丸い六角模様との大きさのバランスや位置調整をします。
背景の六角形との位置バランスによって図案の印象がかなり変わってくるので何度も位置と大きさを確認しながら調整しました。
レイアウトが決まったら、テープでとめてコピー機で印刷します。

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これで完成!

といきたいところですが、まだ工程が残っています。
地紋の「崩し」と言われる部分を決めます。
崩しの部分は麻の葉紋様を2コマ分大きめに彫ります。
「崩し」を入れるのは背景にメリハリをつけるという意味もあると思いますが、崩しの重要な役割は「絵」を目立たせることだそうです。

目の細かい麻の葉紋様が地紋だと絵柄があまり浮いてこないので、絵柄の特に強調したい部分が見えやすいように「崩し」の部分を決めます。
下の写真の赤く塗ってある箇所が「崩し」の部分です。

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図案の下に美濃和紙を10枚程度重ねて、ズレないように板に画鋲で止めたら、あとは彫るだけです。
まずは地紋の麻の葉紋様をひたすらに彫り進めます。

ひたすらに地紋彫り

切子保存会の方から「毎日時間を決めて少しずつ習慣にして彫るといいよ」と言われたので、毎日1時間くらいは時間を確保するようにして彫り進めました。

日々日々ひたすら彫り続けます。やってみると保存会の方からいただたアドバイスの意味がわかります。普段やらない細かな作業を長時間やるとミスが出やすくなります。長時間のまとめ彫りはせずに毎日淡々と彫るのが良いです。(とは言っても後半追い込みをかけましたが…)
細かい麻の葉紋様のところは1時間やってもほんの数㎠しか進みませんが、めげずに続けます。

いよいよ絵を彫る

2ヶ月くらいで地紋をだいたい彫り終わり、9月の講習会では絵の彫り方を教わりました。
これがなかなか難しくて、ただ線に沿って彫ってしまうとマルっとくり抜いて絵が分かりづらくなってしまうので、残す箇所と彫るところを考えながら彫ります。
図案の上を彫っていると、絵が明確に見えているので無地の和紙だけになったなった時にも絵が浮き出てくるよう、想像力を働かせます。彫るべき場所とそうでない場所をきちんと選定するには経験が必要だなと思いました。

何箇所かやらかして余計な部分を彫ってしまったり、他の所と繋がりがうまくできていないところが出来てしまいました…。

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(写真だとわかりませんが何箇所もやらかしています…)

仕上げの段階になると、上の部分以外の画鋲を外して絵が浮き出ていない部分がないか確認しながら最後の仕上げをしていきます。
今回の絵では水飛沫の部分を躍動感ある感じで残すのに苦心しました。

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確認しては彫り、彫っては確認しながら最終調整です。

そんなこんなでどこまでやったら終わりにすればいいのかドツボにハマりながらも提出タイムリミットになったので終わりにしました笑

完成品は↓のような感じです。恥を忍んで寄りの写真も掲載します。

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引きで見るとそれなりに見えますが、線の部分もつきみのでチクチク彫るので寄りで見るとギザギザができてしまっているのがわかります。

そして提出・審査会へ

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提出すると自分の分ということで5枚ほどもらって、残りは写真のように番号を振られて審査会に出されます。

審査結果と祭典

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ご覧の通り3等をいただきました。去年の作品をみて4等かあわよくば3等を狙っていたので上出来の結果です。ちなみに、特等、1等、2等、3等〜の順になっており、それぞれ複数選ばれるので3等と言っても上から3番目の作品ということではありません。

参考までに特等クラスになるとこれくらいのクオリティです。僕の3等が可愛く見えます。

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祭典は毎年10月13日に開催されます。

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小さなお祭りですが、例年であれば3つくらい屋台が出たり、ステージでカラオケ大会が行われていたと思います。今年は言わずもがなの状況なのでこれらはありませんでしたが、地域の方々が大勢訪れていました。
そういえば、僕が子どもの頃は子ども相撲もやっていたけど今もやっているのかな。

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堂内の照明照らされて幻想的な雰囲気です。
僕の作品もそれなりに見えます。

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切子体験もできます。

今回は昭和初期の切子も展示されていました。

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図案に時代が象徴されますね。

来年は屋台が出たりの賑やかなお祭りが開催できることを祈りながら会場を後にしました。

表彰式もあります

11月3日の文化の日が表彰式なのですが、残念ながら都合で参加できず。ですが、賞品のお米と商品券をいただきました!

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地域の先輩に聞くと切子の賞品は昔からお米だったそうです。
というのも、林應寺のある沢登、法源寺のある十五所、吉田、上今井からなる豊地区は地域内に川や水路がなく「月夜でも焼ける」と言われるほど水に困った地域でした。ですから当然田んぼもなく、地元の人たちにとっては、他の地域にも増してお米がとても貴重なものでした。そう言った経緯があり年に一度の村のお祭りの商品は「お米」と昔から決まっているそうです。 ちなみに「豊」という地区名も豊な地域になるようにという当時の人たちの願いを込めた名前だということでした。

地域の伝統だけでなくこういうエピソードにも触れると、今こうして当たり前に生活が出来ていることに強く感謝の気持ちが湧いてきます。多くの良き祖先が僕たちが豊かに暮らす礎を築いてくれたことを忘れてはならないと感じるとともに、僕らも未来の世代に向けて今を生きていかなければならないと思いました。

終わりに

思うにこれから先こういった類の伝統工芸が新しく生まれることは無いと言っていいと思います。聞くとこの切子も絶えてしまう危機があったそうですが、先人たちに守られて、今も地域の繋がりの一つの形として残っています。
来年もチャレンジするつもりなので、やってみたいという方がいたら声をかけてください。一緒に講習会に行きましょう。遠方の方でも初めの一回くればできないことはないと思います。

そんな沢登の切子ですが、令和3年11月14日(日)16時からYBS山梨放送のダイドーグループ日本の祭り「心静かに、願いを込めて〜沢登六角堂の切子〜」で特集されます。山梨ローカルですがご都合合う方はご覧になってください。


切子保存会のホームページに埋め込まれているこちらの動画でお祭りの様子も含めてご覧いただけます。ちょっと過剰な演出と効果音が気になりしますが…(笑)








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