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緊張(感)とあがり症

 これまで本当に数多くの「本番」とよばれるライブ活動をさせてもらった。数千人収容できる大きなホールから、10人もお客さんが来てくれたらいっぱいになってしまう小さな会場までいろいろな場所での演奏。今でこそライブ演奏には慣れてきてステージの中に漂う「心地よい緊張感」を楽しめるまでになってはいるが、生まれて初めて人前でバンド演奏をしたのは30数年前のこと。毎週リハーサルスタジオに入り、同じ曲を何度となく練習して準備していても、いざ「本番」となってステージに上がりお客さんが目の前にいる状況になると、体が強張って指が思うように動かなくなり、今までミスをしたことのないところでミスプレイをしてしまった記憶がある。挙げ句、あまりに力が入りすぎたのか1曲目の途中で弦が切れてしまい、交換用の弦など用意していなかったため、対バンしているバンドのギタリストからギターを借りるという大失態をおこしてしまった。それからも、ステージに上がるたび、自分で自分が緊張していることに気がついたら最後、そのステージは緊張との戦いで精一杯になってしまい、終演後にはお客さんに「ボロボロだった」と言い訳のような謝罪のようなごまかしの言葉を発してしまう。今考えればせっかくお金を出して見にきてくれているお客さんに対して「ボロボロだった」はひどいなと思うが、当時はそれが精一杯だった。高校卒業後、上京して都内でライブ活動をし始めてからも変な緊張は続いた。以前もnoteに書いたが、根っからのネガティブ思考が表に出てしまい、ミスプレイをすることに対する不安やその後の自分の気持ちの立て直し方なんかを考えながら演奏するようになってしまう。もちろんそんなことじゃ演奏に身が入るわけもなく、結果として毎回「そこそこ」の演奏になってしまっていることに気がついた。

 そんなある日、とある歌手のサポートバンドをさせていただいている先輩から厳しいひと言を投げかけられた。それは「いいから本番が始まるまでとにかくひと言も喋るな!」というものだった。喋りたい気持ちを必死に抑え、本番を迎えた。不思議とその日はネガティブな自分が顔を出すこともなく、演奏もスムーズで楽しかったことを鮮明に覚えている。終演後先輩から、「ほらね。」とすべてを理解していたんだと思わせるひと言をいただいた。僕は本番前、緊張している自分を認めたくないばかりに、とにかくいろんな人に話しかけ、緊張を紛らしていたようだ。当然、ステージに上がると誰も助けてくれないので、いつもの自分が顔を出すことになる。そこで、先輩のいう通りひと言も喋らなければ、落ち着いて自分のことを考えられるようになり、自然と「本番前にやるべき自分」に気がつくことができ、気になっていた曲の確認作業やその日の流れなどを落ち着いてすることができる。こんな簡単なことに気がつくまで長い時間がかかったが、それからというもの、この変な「緊張」は出てこなくなった。

 今考えてみればこれは「緊張」ではなく、ただの「あがり症」なだけだったのだろう。人前に出ることが好きというより、単純にギターを演奏するのが好きなだけだった自分としては、誰かに見られていることへの恐怖感が先に来てしまい、ステージ上であがってしまっただけだったのだ。

 それからというもの、本番前の楽屋ではメンバーのみんなとくだらない話をしてバカ笑いをし、ステージでも隙あらばマイクに向かって声を発してしまう自分が出来上がっているのだが、足を運んでくださるみなさんにも楽しんでいただけているようなので、これはこれで良いとしよう。

 ステージで変な緊張をしてしまう方、もしかしたら本番前にひと言も話さず、自分に集中することができたら、いつもと違う経験をすることができるかもしれません。ぜひお試しあれ。

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