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やりたいことがない若者に対する、とある若者の意見(読み切り)

こんにちは。石曽根です。
初投稿ですがプロフィールは割愛します。気になった方だけ調べてください。

「やりたいことがない」という悩みをこの2年で山ほど見聞きし、相談にも乗ってきた上での私見を述べます。

このような悩みの最大の原因はインターネットの普及に伴うインフルエンサーの出現だろう。
結論から言うと「人生を変える強烈な体験を自分で作ればいい」ということだが、順を追って考えていく。

まずは、そういう若者の「あるあるパターン」として、自分探しについての意見を述べる。
自分探しで自分が見つかったらヤバい。ソコハドコアナタハダレ。アナタイガイアナタジャナイノ。
僕は自分探しをしたことがないので批判はしないが、外部に頼って自分を定義して満足できるか疑問が残る。
自分探しのみならず、うわべだけの解決で満足しようとする人は多いが、ここはひとつ、根本的な部分から解決する方法を考えよう。

このような自分のやりたいことが見つからないパターンは、YouTuberをはじめとしてやりたいことをやって生活するスタイルが大衆化したのと共に爆発的に増加した。
有名人が「やりたいことをやって生きろ」と言う一方で、一般大衆は保守的で、やりたいことを仕事にするなんてとんでもないという意見もある。
有名人は若者だけをターゲットにそのような発言をしている訳ではないが、固定観念ズブズブになった世代と比べて、素直な若者への影響は大きかった。
若者から見れば、やりたいことをやれという有名人は楽しそうに見えるが、やりたいことなどない。そして身近な大人は保守的な考えを押し付けてくる。そんなジレンマで若者は完全に混乱している。
ここで大切なのは、有名人のメッセージを抽象化して受け取ることだ。やりたいことがなくても、憧れの存在やイメージくらいはあるはずで、それに近づけることなら何でも挑戦してみるのが大切ということを彼らは伝えようとしている…くらいに私の場合は認識している。

挑戦しているうちに、徐々になりたいイメージが具体的になり、そして次の挑戦をする。これを繰り返す。
そもそも、好きなことをして生きるという概念が一般的でなかった時代を生きた人は、嫌なことをして生活していたのか。否、彼らは自分のやっていることに対してやりがいを見つけていたに違いない。
同様に、現代においても誰しも最初から好きなことをやっていたわけではない。インフルエンサーも同様。
小難しく言うと、自己から演繹的に行動が定義されるという一方通行ではなく、行動から帰納的に自己が定義される方向もあるということ。アイデンティティなんて行動しないことには定まらない。
ただしこれについても、きっかけがないと「行動→自己の再定義→行動→…」というサイクルに入れないという人は多い。
そういう意味では、自分探しよりも、世の中の強烈な負を体験することが良い解決策と言える。強烈な負とは、解決のニーズと、その問題による悪い影響の大きさの積が大きい問題のことである。強烈な負であれば、やりがいもあり、一応稼ぎにもなるものなので世間体も悪くないはずだ。
そう考えてみると、私の身の回りにいる肝の据わった優れたビジネスマンは大抵、強烈な負を目の当たりにしてきた過去がある。

最後に、相談しているとよく聞かれる「どうして石曽根はそんなに迷いなく決断できるのか」ということについて話します。
僕の場合は、幼少期の原体験から欲望と義理人情という二面性が生まれて、その両側を同時並行で進めるのをゲーム感覚で楽しんでいます。
このゲームの面白いところは、分岐を創り出せることです。
一般的には「固定観念の範囲内の選択肢から時間をかけて考える」一方で、僕は「固定観念から外れた、合理的かつ面白い選択肢を創り出すために時間をかけて仕込みをする」という違いです。考え抜いた合理的な選択肢だから迷わないんです。
悩み相談について、僕が乗れるレベルの相談であればTwitterにて質問箱で受け付けていますので、@takumi_ishizone で検索してみてください。

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