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おしゃれ警察

 東京都で、かねてから噂のあった新しい条例が施行された。

 渋谷警察署ではこの条例の違反者を取り締まるべく、多くの人員をここ代官山に割いていた。

 条例は「代官山おしゃれ条例」という。おしゃれな街の代名詞である代官山を「常におしゃれに、常に高いレベルのおしゃれを!」というスローガンの下、野暮をセンター街、もしくは隣の新宿へ追いやろうという目論見である。

 警官たちがすることは、平たく言うと検問である。代官山町に通じる道や、駅の改札に検問を張り、おしゃれな人間とそうでない人間を判別するのだ。もちろんそこでおしゃれでないことが判明した場合、代官山には入ることができず、それでも入ろうとするものは取り押さえられて連行される。大方、渋谷のTSUTAYAの前にでもつるし上げられるのだろう。

 判別の方法だが――、今ちょうど検問に引っかかった若者がいるので見てみることにしよう。警官が若者に近づいていく。

「すみません、警察のものです。ちょっとご協力願えますか。」

「何でしょうか。」

「これの名前をご存じですか。」警官はA4サイズほどの何枚かあるパネル写真の中から一枚選んで若者に見せた。

「え、いや、ジーパンですかね…」

若者の答えを聞いた警官はやはり、という顔をして、

「残念ですが、あなたをここから先に通すわけにはいきません。申し訳ありませんが引きかえしてください。」

若者の前に立ちはだかった。若者は納得がいかないようで、

「何でですか!これジーパンじゃないですか!何が違うんですか!」

「デニムです。」

「はぁ?」

「ジーパンじゃなくてデニム。あなたはおしゃれじゃないことがわかりました。だからここは通せないのです。」

「何をわけのわからないことを、僕はこれから大事な用事があるんです!」

 若者がそれでも押しとおろうとするので、警官は仕方なく

「連れていけ!」

 そういうと、どこからともなくシュッとしたスタイリッシュな人々が若者を取り囲み、羽交い絞めにしてどこかへ連れていってしまった。そうなのだ、ここではジーパンはデニム、チョッキはベスト、またはジレ、チャックはファスナー、もしくはジッパーと言わないといけないのだ。ほかにもまだまだいろいろあるらしい。

 「やれやれ、いちいち聞いて回るのには本当に骨が折れる。別にどっちだっていいんだ、ジーパンだろうがデニムだろうがな。」

 羽交い絞めにされた若者が小さくなっていくのを見ながら、警官はそうつぶやいた。代官山がおしゃれかどうかなんて警官には関係ないし、そんな条例を出す上の頭の中も全くわからない。ただ、言われたことをやっておきさえすればいい。警官はそう思うことにした。

 そんなことを考えているうちに、今度は見るからにおしゃれなカップル(アベックではない)がこの道を通り代官山に入ろうとしていた。聞くまでもないが一応警官は声をかける。

「すみません、ちょっとご協力――」

と声をかけた瞬間、警官を見たカップルは大声で笑いだした。何事かと思って警官は、

「どうかしましたか?」と聞くと、

大爆笑の二人のうち女の方が、警官を指さしながら答えた。

「いや、だって……おじさんのその恰好超ダサいんですけど!」

 警官は、どこからともなく現れたスタイリッシュな人々によって連行されていった。

チョコ棒を買うのに使わせてもらいます('ω')