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母と回転寿司の話

私の母、私、娘と回転寿司に行った時の話。


離乳食期、3世代のお店選び

私の娘が産まれてから、母とごはんを食べる機会が増えた。60代の母、30代の私、そして娘。娘が離乳食期の頃、お店は決まって回転寿司だった。

脂っこいものが苦手な母。騒音が苦手な私。静かで落ち着いた場所は少し気を遣ってしまう娘。

回転寿司は、メニューや環境が母と私の希望に合う。何より、子ども用の食器や椅子があって、小さな子どもも過ごしやすい。

回転寿司は私たち3世代が揃って満足できる、数少ないお食事どころだった。


3世代、はじめてのランチ

娘が1歳になり外出に少し自信を持てた頃、母からランチのお誘いが来た。親子孫の女3人で、初めての外出ランチとなった。

場所は相談して回転寿司に決めた。予約したのは、夫、私、娘の3人で行ったことのある店舗。以前、離乳食を持ち込んで良いかを問い合わせたときに、快く受け入れてくれたお店だった。

娘との食事を心待ちにしていた母は、いつもに増して上機嫌だった。会うなり、見えない花を周囲に撒き散らしながら娘に挨拶をした。終わらないスキンシップに少しうんざりしながらも、魚の絵が描かれた自動ドアに進む。


母の知らない、私が好きなネタ

「あら、あなたイクラ食べれるの?」

えっ、と声を掛けてきた母を見る。ホッキ貝を掴んだ母の箸は止まり、私が手に取った赤く光る丸い粒をじっと見ている。

「そうだよ、私、回転寿司ではイクラ2皿、一番はじめに必ず頼むよ」

そう言いながら、はたと気づく。そうだ、母と、最後に回転寿司へ行ったのはいつだったのだろうか。

私が小学生の頃、家族と来た記憶がある。レーンに流れる寿司を見るのが楽しく、父や母に欲しいネタを聞いて、かわりに手を伸ばした。レジの横にあるガチャガチャをおねだりして遊ばせてもらったこともある。ボックス席の奥と手前どちらに座るかで弟と喧嘩したこともあった。中学生、高校生の頃も、小学生の頃に比べ数は少なくなったが、なんとなく揃ってお寿司を食べた覚えがある。

その後大学へ進学し、学生生活、バイト、趣味にと明け暮れた。回転寿司は、その頃出会った夫と2人で食べに行くようになった。それ以降、母と回転寿司へ行った記憶は無い。

大学生なんて、もう10年以上も前だ。


遥か、過去の記憶

いつなんだろう、母が私の選んだイクラを見て思い起こした記憶は。

きっと母の中で、甘い玉子が大好きで、タコやイカ、サーモンやネギトロを食べ、注文する時には必ず「わさび抜きで」と添えている姿が見えていたのだろう。

社会人になり、回らない寿司にも行った。そこでイクラやウニ、貝やトロ、そしてわさびの辛さを知った。大人になる過程で「おいしい」と思うものが変わり、居酒屋や少しリッチなお店へ行き、たくさんのものを食べ、趣向が変わっていた。

「ふふ、知らん間に、変わったねぇ」

急に、母が歳を取ったことを感じる。口元に笑みをつくる母の髪の毛には、きらりと光る白い線がいくつも見える。多くてたいへん!と言っていた髪の毛は、明らかに少なくなっている。

母は小さな頃の私について、なんでも知っていた。手に手を重ね、たくさんお出かけした。食べ物の好き嫌いも、苦手なことも、好きな遊園地の乗物も、私の仲が良い友達も、全部。

大人になるにつれ共に過ごす時間が減り、母は何を思うだろう。思い返した「私」という成長は、寂しくてもいい。ただ、嬉しさと隣り合わせであってほしい。

私の横で離乳食を頬張る娘を見ながら、静かに、そっと願う。




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