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「そろそろグランドピアノを買ってくださいね」

小学生の時、ピアノの先生が、僕を迎えに来た母親に言った言葉をタイトルにしてみました。考えてみれば、たいへんな事をずいぶんサラッと言ってるなぁと、当然思いますよ。

うちは一般的なサラリーマンである父親と、一般的な専業主婦である母親と、男一人女一人の子供で構成された普通の家族なんです。白菜じゃあるまいし「あ、そうですか」と答えて、帰り際に楽器屋さんに寄って、店員さんに適当にグランドピアノを見繕ってもらえるような家じゃあ、もちろんありません。

僕の家にはその当時、茶色のアップライトピアノがありました。「ピアノがやりたい!」と言った幼稚園の僕に親が買ってくれたのは電子ピアノで、それから少ししてこのアップライトピアノが我が家に来ました。先生から「そろそろグランドピアノを買ってくださいね」と言われたのは、小学校5年生の頃のことでした。

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さて、たまに「ピアノは、電子ピアノじゃだめですか?」と聞かれるのですが、これはとても難しい質問です。なぜなら、その質問に答えるためには、質問をくださった方のことをもう少し知る必要があるからです。

極端な話、質問してくださった方が「音大のピアノ科に行きたい」という方だったら「今すぐ買ったほうがよろしいのでは」と答えるでしょうし、まだ鍵盤楽器を持ったことがない方だったら「だめなことないです!電子ピアノでも良いと思いますよ!」と答えるでしょう。「ピアノを使って何がしたいのか」…という、目的によって答えが変わるものなんですよね。

では、「電子ピアノ」「アップライトピアノ」「グランドピアノ」それぞれのメリット・デメリットは、どこにあるのでしょうか。

「電子ピアノ」とひとくくりにしましたが、もちろんその中にもいろいろな種類があります。今回に関しては「ピアノのようなタッチで弾け、88鍵盤を有していて、まるで本物のピアノのような音が、それ自体にもともと付いているスピーカーから出る(出すこともできる)楽器」のことを「電子ピアノ」の定義としますね。

電子ピアノのメリットは、まず、場所をあまり取らないことです。値段もお手頃ですし、何より、ヘッドフォンを使って(周りに音が出ない状態で)演奏することが出来ます。音色を変えたり、メトロノームを鳴らしたり、録音したり…と、さまざまな機能が付いているので、便利で楽しいです。「ピアノを弾いてネット配信がしたい!」という方の場合、事前に調整された音を配信に乗せることができるので、視聴者側からしてみても聴きやすい。そんな音を手軽にパソコンに送ることができます。あ、あと、調律がいらないのも大きい…!

デメリットは一言、今回は「本物ではない」という言葉を選ぼうと思います。まず、音が本物ではない。弦をハンマーで叩くことによって鳴るのが本来のピアノですが、電子ピアノは「事前に録音された音」を、(少々乱暴な説明ですが)スイッチである鍵盤を押すことによって再生させる楽器だからです。さらに「弾きごこち」。これも本物では有りません。鍵盤を押し、内部で複雑な機構がはたらいて音が鳴る…この時の弾き手の「感覚」というのが実はピアノを弾く上で非常に重要なのですが、こちらも残念ながら「本物ではない」のです。

もちろん、昨今の技術の進化はすごいもので「まるで本物のような」音や、弾きごこちを得られる高級機種もあります。しかしどこまでいったとしても結局それは「すごく似たようなもの」なので、だからこそ今回は「本物ではない」という言葉にしたわけです。誤解しないで頂きたいのはこれは別に電子ピアノを「けなしている」わけじゃないのです。「それ以上を求めていませんから」という方にとっては、電子ピアノはとても魅力的な選択肢だと思いますよ!僕だって他の人だって、電子ピアノを使いたがる状況はありますから。

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「アコースティックピアノ」というのはグランドピアノや、アップライトピアノのように「実際に弦を鳴らして音を出すピアノ」の事を言います。まさにそれこそが大きな特徴ですので、電子ピアノorアコースティックピアノ で選ぶ際の基準として一番大きいところになるのは「”弦を鳴らして音を出す”…という事を、どのくらい重要視しているのか」なんです。

一応「トランスアコースティックピアノ」というもの(アコースティックと電子ピアノの良いとこ取りみたいな…)もあるんですが今回は割愛します…

「実際に張られている弦を響かせる」と言うのは、お話の次元が変わるくらい大事なこと。いざ自分の思いを持ってそこに座り、外部的な力を借りずに機構を動かし、本体を響かせ、それを感じながらバランスを取り、その場の空間をより良く演出する。本当に素晴らしい体験です。

自転車と似ていますね。バランスを取る練習が必要な自転車ですが、いざ努力して乗れるようになれば、自分の力だけをつかってこれを動かすことができます。そうして走れば、体で感じる風も、めくるめく変わる景色も、複雑に混じり合った匂いも、地面のでこぼこからくる振動も、もしかしたら最後に残った疲れや汗も、いろんな要素もひっくるめて気持ちがいい。きっとそれは、その体験自体が五感を使った「本物だから」だと思うのです。

アコースティックピアノにおける特筆すべき魅力は、まさにそこにあるのです!

(ハァ…ハァ…)←息切れ

ここまで熱く話してしまえば、実はあとの説明は結構簡単なものでして。

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究極の弾きごこちとリッチな音色、まるで高級車に乗っているかのような快感を得られるのが、一千万円以上はするハイエンドなグランドピアノです。「あら、そのくらいで買えちゃうの?」という方は、どうぞ今すぐディーラーさんをお呼びください。とても喜ばれると思います…!笑 大体の方はここから、どこをどう妥協していくか…で選ぶピアノを決めていくわけですね。

値段が高すぎる(もしくは場所が狭い)なら、少しずつピアノの大きさを小さくしていくことになります。小さくなればなるほど、値段はだいたい安くなります。そのかわり豊かだった音も、弾きごこちも同様に、少しずつ妥協していかなくてはいけないですね。

アップライトピアノは、ピアノ最大の魅力である「弦による響き」を優先しつつコンパクトな縦型にしたものです。コンパクトさを優先したために、音自体のダイナミックさはもちろん、構造的にも少し不利になってしまうのがデメリットです。

ハンマーを下から上に跳ね上げて弦を叩き、重力の力で元の場所に戻るのがグランドピアノの構造なのに対し、アップライトは縦型にしたことにより重力の恩恵があまり得られません。したがって、細かい同音連打などが得意ではないのです。(図が見たい方はぜひWikipediaをご覧ください↓)

ピアノの演奏を訓練している人たちには、ある一定以上になると「グランドピアノの機構やクセを体で覚える」事が重要になってきます。「大型免許を取るんだったら、そろそろ大きな車で練習したほうがいいよ。」みたいな感じに近いですかね。小型車も大型車も、付いてる機能や動かし方はだいたい一緒でしょうが、大型車特有の感覚(内輪差とか?)というものは、体で覚える必要があるでしょう。そしてそれを覚える時期に関して、若いほうがより有利なのは確かです。

本来ピアノというのはとても大きな音が出る楽器なのですが、音量を自由に調節できる電子ピアノや、いくら力を入れても「このくらいまでの音」しか出せないピアノなどを使い続けていると、身体自体が「使うべき力はそのくらいでいいのか」と無意識に覚えてしまい、ピアノを弾くためのしっかりとした体になってくれない恐れがあるのです。例えるなら、アシスト自転車しか使えない体のようになってしまいます。

いくつかの例ですが。「ズゴーーン!!」という厚みのある、迫力のある音を出すためには自分自身の手や腕や体をしっかりと固めておかなくてはいけないのですが(手が硬い…とは別の意味ですよ)、その時の力加減はこのくらいか…という感覚を体験するためには、ピアノ自体にも、それを返してくれる基本的な能力が備わっていないといけないわけです。

また、何種類もの音を複雑に溶かし合わせ(まるで香水師が芳醇な香りを生み出すように)広い空間に「組み立てていく」ような、非常に繊細な感覚をもって演奏できることも重要なポイントだと思います。これも、比較的高性能なピアノでないと、思った以上にその効果が得られません。

だからこそ上記のような技術を必要とする段階になったときには「そろそろグランドピアノを使わないと、体自体が『これくらいでいいっすよね』っていうところで慣れ切っちゃうよ。それって惜しいですよ。」と、なるわけですね。きっと僕の先生も、「そんな時期になったな」と思って母親にグランドピアノを勧めたのでしょう。

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最近別のエッセイでも書きましたが、最近かなりピアノが「身近になってきた」ような感じがします。インターネットが普及した功績もあるでしょう。スマホで気軽にピアノ演奏を聴けるようになったし、ストリートピアノも増えました。「ピアノをやってみたい」と思ってる方が増えているのなら、とても嬉しいことです。

趣味のピアノが昔よりも許容されるようになった今だからこそ「電子ピアノでも良いでしょうか?」という質問が増えたんだと思います。趣味でしたら、もちろん電子ピアノで十分です!予算、スペース、防音、そして表現力、etc...。いろんな事を考えて「もう少し…」などと思いはじめたら、次のステップをぜひ考えてみてください。その参考にして頂けたら嬉しいです!

そうそう。もしグランドピアノを買うことになったら、「近いうちに引っ越しする可能性は無いか」っての、一応考えておいたほうが良いですよ。僕の両親、ありがたいことにグランドピアノを買おうと決心してくれたのですが、申込みをした直後に父親の転勤が決まり、払わなくても良かったはずの送料(山梨→千葉)だけ無駄に取られて、うなだれてましたから…笑

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