noteのコピー

ちよっとした連続ドラマ「コンビニエンス物語」の事。

ウッチャンナンチャンのコンビニエンス物語

それほど、資料も残っていないし、すごく思い入れのあるドラマでは無いけど、あの時代の、軽いドラマはそんなに悪い経験じゃなかったと思える。

僕は良くわからないままチーフ助監督としてこのドラマに参加させてもらった、これまでサード助監督時代のドラマ製作の裏側を書いていて、それは、タイヘンな思い出が山積みだけど、チーフ助監督は精神的は苦労は多いけど、セカンド・サードほど肉体的と精神的な苦労は無い。

撮影は今は無き国際放映という撮影所で、この時代は良く使われたと思う、「太陽にほえろ!」とか「大江戸捜査網」なんかが撮影されていた古い映画スタジオで、コウモリが住み着いていたりした。

少しだけ国際放映スタジオの事も記録しておこう。

僕はこのスタジオの中で松田聖子ちゃんとか、まあ、色々なアイドルやスターを見かけた、それは、ビルの中のテレビ局で、見かけるより、もっと身近かな、作品を作る仲間的な意識があったと思う。


このドラマセットはビデオスタジオに組まれた、以下はそのセット図面。

放送日を検索すると1990年4月8日から同年5月13日まで、テレビ東京系で放映された全6話のテレビドラマ。

総合スケジュールを見ると撮影は1990年の2月1日から3月12日まで行われたようだ、だけど、さほど大変だった記憶がないのは、主演のウッチャンナンチャンのスケジュールが一日数時間しか取れず、スカスカの撮影だったせいだと思う、スケジュールがガッツリ貰える日だけ、国際放映のスタジオに籠って、コンビニエンスストアの店内の撮影が待っていた感じだ。

ウッチャンナンチャンが、当時どれほど有名だったのかの記憶が無い、いつも元気な勝俣州和や、当時からトンでた感じの岡本夏生の記憶は生ナマしく思い出せるし、まだやせ細っていて、カンの悪かった出川哲朗の事も記憶に残っている。

ダウンタウンや野沢直子、コント赤信号など、さまざまなゲストはバラエティ番組っぽい感じの撮影だったので、助監督としては、する事もない感じだった。

少しだけ残っていたスケジュール表も、なんかの参考に載せておこう。

こういう25年も前の、軽いドラマの事をどれだけの人が覚えているのだろう。



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いつか南の島でのんびり暮らしたい。フリーの映像ディレクター。パイナップル&ドリアン好き。

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コメント (3)
ふっふふ、覚えてますよこの番組(笑)
といっても田舎に住んでいたので、リアルタイムにテレビで観たとかではなく、確かレンタルビデオ店で見かけて借りて観た記憶があります。
1990年というと、ウリナリが『夢で逢えたら』でブレイクしたその勢いのまま、フジテレビで『いいとも』のレギュラーやったり『やるならやらねば』をスタートした時期ですね。
彼らが確立したショートコントのスタイルが好きで、このドラマも楽しく観させてもらいましたです。
懐かしいなぁ……(●´ω`●)
ならざきさん、古い事覚えてますね、わざわざ借りて見るなんて....。noteには生まれて無かった人もいっぱいいそうだけど。
当時はショートコントって斬新で純粋に面白かったですからね。
それに私もアラフォーですから、古い人間の部類に(笑)
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