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自分のプログラミングの基礎を作ったPC-1245

ボケコンの購入


小6の時に、弟が近所からI/Oを借りてきました。
後ろの方の広告を見ると、ポケコンがお年玉で買えそうです。
電話してみると広告の値段ではないけど一万円位で買えるとのことで、弟と一緒に同じポケコンPC-1245を買いました。

PC-1245


マニュアルを読みながらBasicで、入力しては、Runモードに切り替えて動作を、試したりしてました。
もちもんエラーも出るので、理由を調べながら直します。
中学受験では自分で何か作って入力してましたが、高校ぐらいになると、雑誌にプログラムリストが掲載されたものが売ってたので、勝って打ち込んだりして主にゲームを遊んでました。

高校時代


高校は商業高校でしたが、選択教科で情報処理があったので、授業でコンピュータの歴史や、FORTRANを穿孔機という紙テープにプログラムを打ち込むタイプライターのようなもので実習している、HITACにセットして実行結果がストックフォームに印刷されて出て来るというものでした。

就職してから


高卒でお菓子の問屋に就職したのですが、初任給でPC-8801マークII FRをローン組みましてワープロやカラープリンタや、モニタもあり、利子込で49万でしたね。
こちらではユーカラK2というワープロで、親戚にお礼の手紙を作って送ったり、会社の寮にいましたが、夜な夜なザナドゥなどのRPGゲームをしてました。
夜中までやってたので、翌日はふらふらで倉庫歩いて仕事してました。
そんなパソコン持ってると、営業所を回っていた副社長に話が行き、本社の情報システムに来ないかとお誘いが。
3年ぐらい断ってましたが、コンピュータ管理されてないお菓子のコントロールが大変で、スーパーへの出荷分のストックフォームが、山積みになり、朝までコントロールカードに在庫減った分を記入するというのをずっとやってまして、嫌になり、やっと本社に転勤をしました。

本社情報システム

仕事は主にIBMのコンピュータを使ってのシステム作成でした。
S/36、S/38,AS/400のプログラミングをRPGというプログラミング言語で作ってました。
そのうち子会社に出向となり、勤務先が外神田になり、秋葉原近くになり、毎日のように、ショップ回りしてましたね。
そのうちPC-9801RX21を買って、Dosを使うようになりました。ゲーム買ってやったり、WTermでNIFTY-Serveをやってました。英語のゲームをダウンロードして、会社のPS/55のモードをDos/Vモードに切り替えて昼休みとかに遊んでました。
世の中では、Dos/vが発売されたり、Windows3.1が出始めて、自分でもDos/v互換機を買って、別売りのWindows3.1買いました。

仕事では、AS/400のシステム開発でしたが、PC側にデータ送ってラベルプリンタで印刷したりと、PC側のシリアル通信ソフトをBasicで書いてコンパイルして作ってました。
この時は、FDとMIFESを使ってました。

秋葉原では、新しいポケコンPC-E500PJも買いました。

PC-E500PJ


この会社にいたのは28ぐらいまででした。

スマホで書いたので、読みにくいと思いますが、後日PCで、編集しようと思います。

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