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ヨガのクラスで大切にしていること

こんにちは。

ヨガのクラスで、私はよく、『今どこが伸びてるのか、意識してね』

『どんな感覚なのか、感じてね』などということを言います。

見えない身体の中を、意識して感じ取る、という作業をします。

今日はその理由について話していこうと思います。



まず、人は、見たいものしか見ません。聞きたいものしか聞きません。

これは人だから仕方がないことで、あなたもそうですし、私もそうです。

ですから、『見よう』『聞こう』と意識しないと、見えないし、聞けません。


早い話が、自分が妊娠したら、周囲に妊婦がたくさんいるように思うけれど、それは妊婦が突然増えたわけでも何でもなく、自分が妊婦を見てる、それだけなんですよ。

だから、同じ出来事に出会ったとしても、人それぞれ見たもの聞いたものが違うのは、そのためです。

被害者側の視点を選んだ人は『やられた!』になるし、加害者の視点を選んだ人は、『やったった!』になるし、中庸の視点を選んだ人は、『もめとるな』という捉え方をするわけです 笑



で…話を戻すとね 笑


身体の中というのは、意識しても見えません。音も聞き取れません。

ただ、『感じる』という作業を通して、意識して受け取ることはできます。

その『感じる』という作業をして初めて、『感じる側』に立つことができるんです。

『見る側』『聞く側』に立つことができるんです。


当たり前のように思いますが、これってめちゃくちゃ大切なんです。


だって、『見る側』ということは、『見られる側』がいるわけですから、『見る側』と『見られる側』とが、分たれるわけですよ。



私たちって、普段生活していると、この目に見える肉体が、本来の私そのものだと思って生きていませんか??

この、ちっぽけで無力な1人の人間が、本来の私そのものと思ってないですか??


だけど...


その肉体は、『見る側』『見られる側』どっちでしょうか???


...となると。

これ明白で、『見られる側』ですよね??


じゃぁ『見る側』って誰??


...それが、あなたそのもの。本来のあなた自身なんですよ🥰



見る側の視点って、実は意識して持たないと、持てません。


普通に持てる方は、相当訓練を積んだ方か、そもそもその問題自体が、自分にとって『どうでもいい』問題であるか、のどちらかだと思います。


何か問題が起きた時、『被害者側』『加害者側』になるのは、問題の中の視点です。

『やられた!』のも、『やったった!』のも、どちらもそうです 笑

『もめとるな』というのは、その外の視点。


そしてこの『外の視点』が無いと、物事を全体的にとらえられないのはわかりますよね?


これを、ちょいちょい私たち人間は忘れてしまいます。

起こった問題が、近ければ近いほど、自分にとって重要であればある程、忘れてしまうんですよね...



実はヨガの意識化というのは、身体の外から見えない身体の中を感じることにより、この『外の視点』の原点を思い出す作業ともいえるのです。


体の中で起きていることを、=私自身、私そのものとするのではなく、外から経験することにより、『身体を感じる人』の視点を思い出すのです。

それにより、肉体=私、ではないことが腑に落ちていくのです。


これが腑に落ちれば、どんなに肉体が不便で不具合があったとしても、それにより本来のあなた自身が影響を受けることは少なくなります。



同じように、感覚もそうです。

肉体から得られる感覚も、それが快・不快と決めるのはあなた自身であり、その前にその感覚そのままを捉えることにより、『感じる側』の視点を思い出せます。

それにより、感覚=私、ではないことが腑に落ちていきます。


感覚というものはとても感情に結び付きやすいですから、この視点を持っているか否かで、感情の扱い方が非常に変わってきます。



ヨガでポーズを取りながら、どこが伸びているのか、どこにどんな感覚があるのか、細かく意識し、注意を向ける。無意識を意識化する。これは実は、このような『俯瞰化』の原点でもあるのです。


私は私を俯瞰できてるから必要ないわ。という方も 笑

時々、思い出すために見えない身体の中を、意識して感じてみてね💖


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