首なし地蔵とあんころもち
ある村の風習で、稲の収穫が終わった後の祭りが終わった後には必ず村のはずれの六地蔵の前にあんころもちを供えるというものがある。そのお地蔵様も変わったもので、すべて最初から首がない。その地蔵には、こんな言い伝えがあるという。
昔むかし、村のはずれにカタワの男とめくらの女が住んでいました。村の者は哀れがって何かと村の中で暮らしていけるよう世話をしていました。男と女は一人の娘をもうけていましたが、娘は器量が大変悪く、村の者は大変気味悪がっていました。やがて、男が山へ出かけたきり戻ってこなくなり、娘と女の二人でやっと暮らしていました。
その村では稲刈りが終わると、収穫祭としてお供えをした後にあんころもちを拵えて振る舞うことになっていました。その年も刈り取った稲を山の祠に備え、取れたてのとっておきのもち米で餅をついていました。お餅はこの収穫祭と正月にしか食べられないごちそうだったので、村の子供たちはこの祭りを楽しみにしていました。夕方に男たちが餅をつき、女たちがあんこを拵える匂いが村に満ちるとき、村は静かな冬に向かっていくのが毎年のことでした。
ところが、その年は普段は出てこない村はずれの娘が、餅の匂いを嗅ぎつけてやってきました。
「おらもあんころもち食いてぇ……」
娘がやってきたのを見た子供たちはぎょっとしました。それほど娘の顔はひどく醜かったのです。
「寄るな化け物!」
子供たちは寄ってたかって娘を追い返そうとしました。娘が醜かったこともありますが、子供たちにとってはあんころもちの分け前が減ることも恐ろしかったのです。
「おら、化け物でねぇよ……」
「おまえは泥団子でも食ってろ!」
子供たちは手に手に石や土塊を拾って、娘に投げつけました。
「なして、なしてあんころもち食えねんだ?」
「食えんもんは食えん!」
「とっとと帰れ化け物!」
娘は泣きながら家に帰りました。
「おっかあ! なしておらはあんころもちもらえねんだ?」
「さあ、お祭りの夜だから泣くのはよせよせ」
女は娘が醜いことは聞いていましたが、実際に顔を見たことがないのでたいそう娘をかわいがっていました。やがて泣きつかれた娘は遠くから聞こえる村人の笑い声を聞きながら寝入ってしまいました。
翌朝、娘は山の中にある沼まで来ました。村のそばにある川では顔をよく映すことがなかったので、実際に自分の顔を見たことがほとんどなかったのです。
「おらはそんなに化け物みたいなのか……」
澄んだ水面に映った顔は、娘が今までみたことのある人間とは違う顔をした生き物でした。次の瞬間。鏡のような水面に大きな波が立ちました。その後、その沼で娘の服の帯だけが見つかりました。それを聞いた女は発狂して後を追うように亡くなりました。
しばらくは後味の悪い雰囲気が村に漂っていましたが、半ば厄介者だった親子がいなくなったことによってせいせいしたということもあり、すぐにいつもの村に戻りました。
その年の冬が終わり、春が来てまた収穫の季節になりました。収穫も無事に終わり、落ちるのが早い夕日に急かされるように行われる餅つきのときに、その声は聞こえてきました。
『おらもあんころもち喰いてぇ……』
餅がつきあがるのを待っていた子供たちは驚きました。死んだはずの娘の声がどこからともなく聞こえてきたからです。
『なしてあんころもちもらえねんだ?』
今度ははっきりと声だけが聞こえてきました。
「お、おめえみたいな化け物に食わせるあんころもちはねぇ!」
子供たちの中では年長の子供が答えました。
『じゃああんころもちはいらねぇ……かわりに新しい顔をおくれ』
子供たちの鋭い悲鳴に驚いた大人たちが駆けつけると、幾人かの子供の首がはねられていました。それは昨年、娘に石を投げつけた子供たちでした。泣き叫ぶ子供たちから話を聞いた大人たちは、娘と子供たちの供養のために、村のはずれに六地蔵を置いてあんころもちをお供えしました。
ところが、この地蔵の首は収穫祭が終わった後、必ず切り取ったようになくなっているのです。いくら直しても首だけなくなるのでいつの間にか首を置くのをやめてしまいました。それからは、収穫祭の後にお供えするあんころもちがきれいになくなること以外、特に変わったことは起きなくなったそうです。
≪この話は過去に「小説家になろう」に投稿したものです≫
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