メリークリカエシマス

 12月24日。

「クリスマスなんて来なければいいのに」

 バイトからの帰り道、歩道の空き缶を思い切り蹴っ飛ばした。空き缶は野良猫にぶつかり、鈍い鳴き声を上げて走り去っていった。
 
 大体、どいつもこいつも面白くない。
 何が「華やぐ街」だ。
 何が「ホワイトクリスマス」だ。
 クリスマスなんて、サカるのを見せつける口実じゃないか。

 一生懸命働いても、今日も店長に叱られるし慰めてくれる彼女がいるわけでもない。友達だってそれぞれ「事情」があるようだ。結局、幸せなんて不幸せな人間を浮き彫りにさせるだけじゃないか。神様なんていなかった。イエスキリストだって生まれてくる必要はなかったんだ。
 狭いアパートに帰ってきて、コートを脱ぐとそのまま冷たい布団に体を押し込んだ。どうせ今頃、楽しくやっている人間は多いんだろう。どうして自分は、こんなにも不幸せなんだろう?


 12月20日。

 ふざけているのだろうか、今日は25日のはずだ。
 それとも、今までの不幸せなクリスマスイブは夢だったのだろうか?

 そうだ、夢に決まっている。今日は今年最後の講義に出かけて、それから夜勤バイトの予定だ。クリスマスなんて俺には関係ない。関係なく過ごしてやるんだ。

 12月24日。

「だからクリスマスなんて来なければいいのに」

 バイトからの帰り道、歩道の空き缶をもう一度思い切り蹴っ飛ばした。空き缶はやっぱり猫にぶつかり、鈍い鳴き声を上げて走り去っていった。
 あれからの出来事が全部夢と同じように過ぎていった。店長に叱られるところから空き缶が猫にぶつかるところまで、まったく同じだ。
「正夢なのかな、ばかばかしい」
 家に帰るとやっぱり冷たい布団に入った。たまには入ってすぐ暖かい布団で寝たい。


 12月20日。

 おかしい。また日付が遡っている。これはもしかすると、「日にちがループする」というアレなのだろうか。いや、SFじゃあるまいし。そんなことが日常に起こってたまるものか。特にこんなクリスマスの時期に重ならなくたっていいじゃないか。何の理由があって3度も惨めな気分にならなくてはならないのか。
「気のせい、気のせい」
 クリスマスは頭上を通り過ぎるけど、心の中で滅せねばならない。

 12月24日。

「クリスマスなんて……」
 今度は空き缶を蹴っ飛ばさなかった。ただ、空き缶が飛んでいくルートにはあの三毛猫がいた。
「やっぱり、繰り返しているのか……?」
 信じられないし、信じたくない。今日は神様が生まれた日らしいが、こんな気分を何度も体験しなければいけないのなら、神様はいないのかもしれない。


 12月20日。

 さすがに4度目はあきらめがついた。どうせ、25日には行けないのだ。それなら、好き勝手に過ごしても「リセット」されると前向きに考えればどうだろうか。少しでも楽しいクリスマスを過ごす権利が、俺にもあるはずだ。

 12月21日。
 
 さっそく貯金を少しだけ下して、初めて女の子を買った。商売女は面白くなかった。商売は気持ちがないから冷たいだけだ。

 12月24日。

 結局街中に座り込んでいる女の子に声をかけるのが一番いいとわかった。彼女たち家出少女は、少しの金でも泊る所さえあればヤらせてくれる。おまけにわけのわからない繋がりを欲しがっている。適当なことを言っておけば何でもいいのだ。今日家に泊めた子はそれほどかわいいわけでもないし、しきりにリストカットの後を見せてきた。ただ、布団はあったかくなった。


 12月20日。
 
 朝起きたら彼女はいなくなっていた。それもそのはずだ。まだ彼女とは出会っていないのだから。多分もう会うこともないだろう。

 12月24日。
 とてもかわいい女の子と知り合うことができた。彼女の心まで手に入れることができればどんなにいいだろうか。俺は心の限りを尽くしたつもりだった。


 12月20日。
 彼女はいなくなっていた。もう心まで一人ぼっちの朝は迎えたくない。

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 12月24日。

 資金は既に結果を知っている競馬などでいくらでも稼ぐことができる。そこそこ仕立てのいい服を着て、いいホテルに部屋を取ることもできるようになった。暖かい部屋で、それなりにおいしい料理を食べ、素敵な女性を手に入れることが出来るようになった。それでも、共に明日に向かってくれる女性に巡り合えない。どんな豪華なホテルに泊まっても、目が覚めれば一人ぼっちのアパートだ。一度、眠らないで朝を迎えようとしたことがあった。ところが25日の午前6時を過ぎると一瞬意識が途切れ、気が付くとアパートに戻っているのだ。

「何を考えているの?」
 今夜一緒にいる女は、若い見た目の割に手馴れている。
「いや。それより、随分と上手だな」
「まぁね、慣れてるから。そっちこそ見た目によらないよ」
 それは、言葉通りの意味なのか。それとも俺と同じように何度もクリスマスを経験しているからなのだろうか?

 実は、と口に出しかけてやめた。こんな夢みたいな話、信じてくれるわけがない。もし彼女が一緒に25日へ連れて行ってくれるのであれば、話してみようか。


 12月20日。
 やはり、神などいないのだ。

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 12月24日。

 贅沢にも女遊びにも飽きたので、また元の暮らしをしてみようと思った。随分と久しぶりに顔を出したような気がするバイト先で、今度はヘマをしなかった。クリスマスなんか来なきゃいいのに、と口にすることもなかった。暖かい外見をしていても、世間が布団より冷たいのはよく身に染みていた。俺も落ちている空き缶も誰にも見向きをされる価値のないゴミなんだ。ゴミはゴミ箱へ。

 空き缶を拾って通り道のコンビニのゴミ箱に向かった。外に飾ってある華やかなクリスマス関連のポスターの中に、見たことのある写真を見かけた。

 '迷いネコ 探しています‘

 その三毛猫は、何度か見たことのある猫だった。急いで猫のいた場所へ戻ったが、もう猫はいなかった。何にもいいことのない5日間だが、こんな人助けの仕方があったのだ。家に帰って、相変わらず冷たい布団に入って静かに目を閉じた。

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 12月24日。

 バイトが終わった後、用意しておいた猫用缶詰を持ってあの場所へ向かった。やはり猫はいた。最初は野良猫だと思っていたが、よく見ると首輪をつけている。間違いない、あの迷いネコだ。
「ほら、おいで」
 猫に好かれたことはなかったが、缶詰のせいか難なく猫を捕まえることはできた。さっそくポスターの連絡先に電話をして、すぐ返しに行くことにした。

「お母さん! ミケが帰ってきた!!」
 それから数十分後、猫は中学生くらいの女の子の腕にすっぽりとおさまっていた。
「どうも、ありがとうございました」
 母親らしき女性が深々と頭を下げた。
「いえ、ただ写真を見て連れてきただけですので」
 玄関の奥ではクリスマスパーティーをしていたのだろうか。素直な暖かい家庭を垣間見ることができてこちらの心も少し暖かく痛んだ。
「ミケをどうも……あ、確か隣のゼミの!?」
 奥から出てきた女の子の姉と思われる女性には、心当たりがあった。
「あ、そうかもしれないです……」
「あら、二人とも知り合いなの? よかったら上がって行ってください」
「いや、遅い時間ですし失礼します……」
 母親の笑顔には抵抗できたが、娘たちの笑顔には抗えなかった。
「あ、でもせっかくですし……」

 思いがけず、家族の楽しいクリスマスパーティーの中に入ることができた。女の子は「サンタさんがプレゼントの代わりにミケを返してくれたんだ」とはしゃいでいた。父親と母親はミケの恩人という態度で接してくれた。そして、思いがけず近い距離となった彼女とは親密に話すことができた。
「同じ授業取ってたんだね、私あの授業何回か休んじゃって」
「じゃあ、ノートを貸してあげるよ」
「本当? じゃあ、明日学校で待ってるね」
 明日、という言葉にドキリとした。明日なんて来ないのに。
「いいよ」

 明日、もう一度彼女に会えればいいなと思った。布団が冷たくても暖かくても何でもいい。明日会う約束を破りたくない。繰り返しに気が付いて、初めて「明日」が来ることを恐れた。そして、本気で25日へ行きたいといるかいないかわからない神に祈った。

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 12月24日。
 
 またクリスマスがやってきた。

「クリスマスは余計な出費がかさむから好きになれないわ」
 妻がミケを撫でながら言う。
「そうだな」

 あの繰り返しの出来事は、すべて夢だったのだろうか。無事に25日を迎えることが出来た俺はその後彼女と友人になり、その友人の彼女とこうして所帯を持つことが出来た。

「ママ、サンタさん明日の朝プレゼント持ってくるんだよね!」
 息子が布団の周りではしゃいでいた。
「そうよ、早く寝ないとサンタさんは来ないわよ」
 妻が答えるなり息子は布団にもぐりこんで目を閉じた。
「眠れないよー」
「急に寝ようとしてもダメよ、ゆっくり眠ろうとしなさい」
 息子にかかりきりになる妻を見ていると、あの時はこんな幸せを呪っていたのかと思い自分が恥ずかしくなる。一緒に明日を目指してくれる人がいないと、幸せな明日はやってこないのだろう。

「やっと寝たわよ」
「そうか」
「ところで今更なんだけど、どうしてミケはミケって名前なの?」
「猫の名前はミケって決まっているのさ」
 床に伸びるミケの灰色の毛並みを見て妻は不思議そうな顔をした。



≪この話は過去に「小説家になろう」に投稿したものです≫

 全ての人に、メリークリスマス #Xmas2014  #短編小説

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