第17回勉強会「白馬村の宿泊とゼロカーボン」
ゼロカーボン(脱炭素)に向けて一人ひとりが主役となるための勉強会。
第17回のテーマは、「白馬村の宿泊とゼロカーボン」。
観光地である白馬村には多くの宿泊施設があり、ゼロカーボンを実現するためには宿泊業の取り組みが重要な鍵を握ります。
「白馬村宿泊産業イノベーション研修」の活動や、先進的に取り組んでいる他の地域の事例などを学びました。
白馬村宿泊産業イノベーション研修の活動
H Innovator 山口聡一郎さん
「白馬村宿泊産業イノベーション研修」は、宿泊業から白馬村をより良くしていくために白馬村役場観光課が2020年に立ち上げたプロジェクトです。
応募した約20名が学びと実践に取り組む3年間のプログラムです。
今年度は最終年度で、成果発表の場も設ける予定です。
白馬村は人口が約8,500人の村ですが、約900の宿泊施設があり、宿泊施設の経営者が500人くらい存在し、自治体内の宿泊施設数は、東京都・大阪市に次いで日本で3番目に多い数となっていますが、家族経営の小規模な施設が多いのが特徴です。
長野県観光機構のデータによると、人口の40%が宿泊業に従事しており、観光立村の中でも宿泊業の占める割合が大きいことがわかります。
白馬村は民宿発祥の地で、高度経済成長とスキーブーム・ペンションブーム、長野五輪等の歴史を重ねてきましたが、経営者の高齢化や後継者不足が課題であり、民宿やペンションの経営者の約70%が60代以上となっています。
日本の宿泊業の労働生産性は世界平均の半分程度と言われていますが、白馬村の宿泊業の労働生産性はさらにその半分というデータが示されています。家族経営が多いことなども要因の一つと考えられますが、多くの人が従事している産業だからこそ、幸せな村としていくためには生産性を高めていくことが必要と考えられます。
白馬村で宿泊事業者を対象に実施したアンケートでは、仕事にやりがいを感じている人が約6割で、次世代に事業承継しようとしている人は3分の1程度であり、経営者の高齢化や跡継ぎなども含めて、宿泊業をどのように持続可能な形にしていくかということが課題となっています。
スキーブームの頃と比べるとスキー人口は3分の1程度に減少し、宿泊施設は供給過多の状態にありますが、白馬村では2015年に白馬村観光地経営計画を策定して、スキー場や宿泊施設の再生に取り組んでいます。
観光地経営計画の前期3年間を振り返ると、宿泊施設の活性化があまり進んでいないという評価になっています。
前期の取り組みを踏まえて、後期計画では「世界水準のオールシーズン型マウンテンリゾート」を標榜し、宿泊施設も含めて観光業の持続可能性を高める方針を定めています。
そのような状況中で、白馬村の観光課が「宿泊産業イノベーション研修」を実施することになり、自分の宿だけではなく地域の宿泊産業全体の活性化に関心を持っている人が集まり、学ぶだけでなくアクションを起こす活動が始まりました。2020年に始まり、現在3年目を迎えています。
後継者問題も含めた経営的な持続可能性と、気候変動によるパウダースノーの損失など環境的な持続可能性の両面で取り組む必要があり、3つのグループに分かれて活動しています。
Aグループは、環境と経営の両面から宿泊施設の白馬ブランドのアメニティ開発や共同送迎、人材派遣など生産性を高める取り組みを検討しています。
Bグループは、環境的な視点から宿泊施設におけるサーキュラーエコノミーを検討したり、3年間の研修終了後の組織化についても議論しています。
Cグループは、人材や財源など経営的な視点から、後継者不足の課題や宿泊産業活性化のためのファンド組成、環境に配慮した投資の呼び込みなどを検討しています。
研修3年目を迎え、民宿発祥の原点を大切に、生産性を高めて環境負荷にも配慮し、住む人も訪れる人も幸せになれるような宿泊産業を目指して活動を続けています。
GREEN WORK HAKUBAのビジョンにもある「サステナブルホテル」についても研修チームでアイデアを出し合っていて、この後、宿泊施設のアメニティについてお話します。
「とりま歯ブラシ」の取り組み紹介
めぞん・ど・ささがわ 笹川陽子さん
白馬村の和田野地区で親の代から宿を営業していますが、建物は築50年以上が経過し、施設の老朽化や更新について悩んでいるときに「宿泊産業イノベーション研修」の募集があり、参加しました。
これまで学んだり議論してきたことから、実際のアクションについてお話します。
「とりま」とは、「とりあえずまぁ」の略語で、「とりあえず歯ブラシから始めてみよう」というプロジェクトです。
「持続可能な宿泊産業」を考えたときに、安定的な経営も重要な要素であり、生産性を高めることも必要になります。
また、白馬村は2019年に気候非常事態宣言を発出しましたが、白馬村に住んでいると雪不足など気候変動の影響を感じることも多く、宿泊事業者としても温室効果ガスの排出削減や資源循環なども実現していかなくてはなりません。
参加者同士で意見を交わす中で、「引き算から始める宿づくり」というキーワードが出てきました。
2022年4月にプラスチック資源循環促進法が施行されましたが、現在の流通販売システムにおいてペットボトルや容器包装を利用せずに宿泊サービスを提供するのは難しい状況です。
宿泊施設としてもできることは何か考えたときに、歯ブラシを持参することをあたりまえにする観光地を目指してはどうかということになりました。
「たかが歯ブラシ1本、うちの宿だけが取り組んでも仕方ない」と考える人もいるかもしれませんが、年間100万人が白馬村に泊まっているとしたら、毎年100万本の使い捨て歯ブラシを無くすことができます。微々たるものかもしれませんが、製造・輸送・処分にかかる資源やエネルギーを減らすことにつながります。
白馬に来てくれる人は、リピーターも多く白馬のことを好きで、自然を愛している人が多く、そういったお客様とみんなで取り組めるのではないかと思います。
使い捨て歯ブラシを使わないお客様も既にたくさんいますが、歯ブラシがないことに不満を感じるお客様もいるため、それぞれの宿泊施設が個別に取り組むのではなく、地域全体でそう言ったメッセージを出すことで、みんなが取り組みやすくなるのではないでしょうか。
気候変動に対する具体的な取り組みの一つとして、白馬村(行政)からの宣言を期待しています。
歯ブラシを持参することを忘れてしまったお客様には、自然素材で作られた歯ブラシを地域全体で発注して提供することなども、これから考えていきたいです。
アクションは早く起こす方が良いと考え、2022年7月のGREEN WORK HAKUBAで実際に発表の機会をいただきました。
また、8月〜9月にかけて、白馬村観光局などに協力いただき宿泊客の意識調査を実施しています。
今後、宿泊事業者や宿泊客の皆さんの理解と協力を得ながら、プロジェクトを進めていきたいです。
持続可能な観光の動き(事例紹介)
公益財団法人日本交通公社(JTBF) 高橋葉子さん
宿泊産業イノベーション研修事業を受託して事務局を務めています。
研修も3年目を迎え、座学から実践に移ってきて、11月25日(金)に成果発表という位置付けでシンポジウムを開催する予定ですので、ぜひご参加ください。
今日は、国内外の事例などをいくつかご紹介します。
1980年代頃から観光業も持続可能であるべきだと言われ始め、ブッキングドットコムの調査では世界の86%の人がサステナブルツーリズムを希望し、サステナブルツーリズムに取り組んでいない観光地は10年後には淘汰されると言われています。特に西洋諸国の富裕層や若い世代を中心に顕著な傾向で、旅行先を選ぶ際に重要な要素になっています。
世界的な流れに対して、国内の観光分野は遅れていて、2020年6月に観光庁と国連世界観光機関(UNWTO)の連盟でJSTS-Dという国際的なガイドラインを日本語に翻訳した「日本版持続可能な観光ガイドライン」が発行されました。
Booking.comによる2019 Sustainable Travel Reportによると、世界では「旅行においてサステナブルな選択をしたい」という考えが浸透しており、日本国内の意識と大きな差があることや、世界の旅行者の70%がエコフレンドリーな宿泊先を好み、この1年じゃんに環境に配慮した宿泊施設に1回以上滞在する予定があると回答しています。
「旅行中に使ったお金を地域コミュニティに還元してほしい」や「宿泊施設のカーボンフットプリントを相殺したい」など多くの項目において日本人旅行者は「はい」と回答した人が少なく、世界の旅行者と比べると持続可能性に対する意識が低い・遅れているという結果になっています。
北海道ニセコ町では、観光庁のモデル地区に選定され、「持続可能な観光地トップ100」や「UNWTOベストツーリズムビレッジ」に選出されています。
日本国内では、世界的な認証制度への登録申請がここ1〜2年で始まったばかりという状況です。
観光庁の「日本版持続可能な観光ガイドライン」は、グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC=Global Sustainable Tourism Council)が開発した国際基準に準拠する形で、4分野・174項目に分かれています。
地域や事業者として、どの項目を達成できているかチェックできる形になっていて、何ができていないのか傾向と対策を自分で把握しやすいように作られています。
国際基準であるGSTC(Global Sustainable Tourism Criteria)には、Destination(地域)とIndustry(産業)の2種類があり、産業の方は宿泊施設やアウトドアガイド事業者を対象としたものもあるため、事業者の皆さんは一度見ていただきたいです。
ニセコ町が選ばれたGSTC認証のTOP100はエントリークラスで、GD(Green Destinations)が指定する30項目のうち15項目以上を達成することで選ばれるものです。
ここ数年は、南米や東欧の受賞が多い傾向にあり、日本でも取り組んでいく必要性を感じています。
宿泊施設の認証制度として、「グリーンキー」という国際的なエコラベルがあります。
世界で66の国と地域、3,000以上の施設が取得していますが、日本国内ではまだ少なく、長野県内では扉温泉の明神館が取得されています。
水やエネルギー消費、廃棄物の削減やオーガニック商品の活用など94項目のうち80以上の基準を満たす必要があります。
2022年4月に一般社団法人JARTA(京都市)が日本国内の窓口として取得支援・審査等を担うようになりました。
ドイツやオーストリアなど欧州を中心に約100軒が登録している「BIO HOTEL(ビオホテル)」という認証制度があります。
食事やアメニティにオーガニック製品を使用していることなどが基準となっていて、日本国内では「BIO HOTELS JAPAN」が認定しています。
認証を取得することが目的ではありませんが、宿泊施設や地域として何を目指して取り組んでいくか考えてみていただくのも良いかと思います。
質疑応答・意見交換
海外からの観光客はアメニティを持参することに対してどのような意識を持っていますか?
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宿泊施設のランクやジャンル等によっても違いがありますが、欧米とアジアなど地域によっても意識は異なっていると思います。
欧米からのお客様からは「日本のアメニティは多すぎる」、「包装が過剰」などと言われることが多くありますが、アジアのお客様は「たくさんあるのが嬉しい」という声が多いように感じています。アジアでも富裕層や若い世代の方などは欧米に近い意識の方も多いと思います。アメニティの種類や数が多いことがラグジュアリーだという時代もありましたが、最近はアメニティも含めて運営のコンセプトが重要になってきていると感じています。
アメニティを使わない人に対するサービスが何かあると、宿泊客への教育・啓発にもつながるのではないでしょうか。
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良い提案だとは思いますが、社会の流れを考えると、村として「歯ブラシを用意しない」と宣言することで、宿のランクやカテゴリに関係なくそれを当たり前にしてしまう方が良いと思います。宿泊施設の運営の中で、環境負荷が高いのはどんなところか。
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白馬村ゼロカーボンビジョンの中で、白馬村から排出される温室効果ガスの4 分の1が宿泊業から排出されていて、その大半が石油系燃料の消費によるものだと書かれています。暖房で使う灯油を減らしていくことが必要となりますが、歯ブラシのような小さな取り組みを通じて宿泊客(消費者)の意識を変えていくことも大切だと思います。
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電力事業の自由化により消費者が調達先を選べるようになりましたが、白馬村では再生可能エネルギーしか購入できないようにしてはどうでしょうか。白馬村の規模であればすべての電力を再生可能エネルギーで賄うことができると思いますし、それを義務化することで安い電気を遠くから買ってくることもなくなり、地域の中でお金が回るようになります。認証制度のように、環境負荷が低い宿泊施設がわかりやすく選べると良いのではないでしょうか。
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Booking.comでは自己申告制で「サステナブル・トラベル登録施設」に登録することができます。感染症対策として未使用のアメニティも廃棄されているものもあると思われるため、コロナ禍の今こそ「自分のものを持ち歩く安心感」が浸透しやすい状況だと思います。
チェックインの際にフロントで必要な人にのみ渡したり、環境負荷の低い質の良いものを有料で提供するという選択肢もあると良いと思います。
ビジネスホテルなどでも、アメニティは必要な人が必要な分を自分で取るようフロントの横に用意されているところが増えてきていたり、高級なホテルでも環境に配慮されたものに変わってきているように感じます。
飲食店も利益率が低い産業ですが、少しでも利益率を高めるためにも、地域でリユース容器「ARUPAKKE(アルパッケ)」の普及に動き始めています。システム化・仕組み化されると助かるので、歯ブラシだけでなくそういったものも行政が宣言することで事業者の動きをサポートしてほしいです。
竹の歯ブラシはどれくらいの金額で購入できますか?
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プラスチック製のものは大量に仕入れると1本5円ほどで購入できますが、竹製のものはその5〜10倍くらいの金額です。世界的に需要が高まり、生産が追いついていない状況もあると聞いています。使い捨ての歯ブラシを置かないことは地域全体で合意していることだということをお客様に伝えられると事業者としても取り組みやすいと思います。
ホテルでエコボトルやエコバッグを貸し出しするサービスを提供するのも良いのではないでしょうか。
お知らせ・閉会
世界気候アクション
2019年の世界気候アクション(グローバル気候マーチ)は世界で760万人が参加し、白馬村でも高校生が下川村長に気候非常事態宣言を求めました。
2022年は9月23日に世界で様々なアクションが起こされる予定で、地域と暮らしのゼロカーボン勉強会も賛同団体として登録しています。
みんなでアクションを起こしましょう!
次回のお知らせ
次回の勉強会は、9月28日(水)に18:30から「すぐにできる、リペア・アップサイクルの話」をテーマに開催します。
毎日身につけている衣類や歯ブラシなどの日用品が、どれくらい環境に影響を及ぼしているのでしょうか。日々の暮らしでできることを考えながら、着なくなったTシャツなどをマイバッグに変えるワークショップも開催します。
オンラインでの参加も可能ですので、お気軽にご参加ください。
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