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たしかにあの時わたしは生きていた。

鬱は自分とは縁遠いもの。ずっとずっとそう思っていた。

世間が自粛モードになり、在宅勤務になり、1日の99%を部屋で過ごすようになった。動いていないからカロリーを摂取することが怖くなり、極端な食事制限をした、それは誰が見てもちょっとおかしいくらいに。食事量を減らしているのに毎日何十分も動かないと気が済まなくなっていた。炭水化物を中心に食べてはいけないもの、いわゆる禁止食ばかりになっていった。ここ数年で急激に太った私には、痩せるいいチャンスだなぁ~、としか感じず1か月が過ぎた。

1か月もこんな生活をしていると、見た目も変わるらしい。痩せたね、きれいになったね、という言葉が嬉しくて何年も買わなかったようなかわいい服を買っていた。

これですら許せなくなるくらいだった。

次の月になった。極端な制限が引き金となったのか食べても食べてもおなかがすく、とにかくずっと食べていたい。という衝動に駆られて抑えることがすでにできなくなっていた。パン、ケーキ、ご飯、お菓子、それでもラーメンだけは太ると思って手が出なかった。狂ったように胃袋に収める。そうすると食べたことの罪悪感がひどくて翌日から始まる絶食。このころはもう運動をしたいとも思わなくなっていた。そして私は吐き始めた。絶食する時間が耐えられなくて、大量にモノを食べてから全部吐く、いわゆる過食嘔吐。その異常性にも気づかず、周りから言われる痩せろ、デブだよの声が怖かった。

ちょうどこの頃、私は仕事ができなくなった。
パソコンの前に座っても手が動かない。毎日3時間くらいしか寝てないのに眠くない。仕事の連絡が来ると気持ち悪くなる。そして働いてない自分には価値がないから死んでしまおうと思った。何もできずみじめな自分を知られるくらいなら、消えようと思った。ここは19階、絶対成功する自信もあった。

そう、私は鬱状態だった。

昔から自分の葬式に何人来てくれるかわからないという恐怖で、死ぬことはできないと思っている。私は他人からの評価軸の中から今も抜け出せていないのだ。他人は私を自己評価が高い、自信がある、なんでもできる明るい子だと思っている。求められる中でしか結局生きていけないことが分かった。私は強いから鬱にはならないし、自分に負けないと思っていた。

有名な俳優さんが自ら命を絶ったとニュースで知ったのはそんな時。衝動的に訪れた感情は自分も同じことをしよう、だった。でも私はこのnoteを書いているし、仕事の給料ももらっているし、少しずつ笑えているし、なにより生きている。

この世の終わりだと思った、一生この憂鬱が付きまとうと思った時。それでも、たしかにわたしはその時生きていた。

人は不思議なもので、またダイエットを始めたし仕事にも前向きだし、元気に生きていこうと思える幸せを今感じている。

#自己紹介

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