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映画感想『TAR/ター』

原題「TAR」

◆あらすじ◆
女性として初めてベルリンフィルの首席指揮者に就任したリディア・ターは、類まれな才能に甘んじることなく、常に努力を重ねて現在の地位を掴み取ってきた。今や作曲家としても活躍し、自伝の出版も控える彼女だったが、新曲が思うように作れず生みの苦しみを味わうとともに、マーラーの交響曲で唯一残っていた第5番の録音が目前に迫り大きなプレッシャーにも晒されていた。そんな中、かつてターが指導した若手指揮者の自殺が明らかとなり、これを境に彼女と周囲の歯車が急速に狂い始めていくのだったが…。



リディア・ターが指揮する「マーラー:交響曲第 5 番」はクラシック音楽に明るく無い私も知ってるし数々の有名指揮者がタクトを振っている。

映画好きならあの映画史に残る名作『ベニスに死す』に使用された曲としても有名だし、我が家にもCDがある。
どうやらこの曲はマーラーの妻に対する愛情の表現らしいが最終的に愛を失って行くこの物語には皮肉的だな。


この映画はターと言う世界的指揮者を丹念に描く事で彼女の地位転落の過程とその要因、そしてその後までを徹底的に表現している。

話によると人物描写があまりにリアルでターが実在の人物だと勘違いする人も多かったそうで、それくらいケイト・ブランシェットの魂はリディアに成り得ていたんだろう。

それ故、強く興味をそそられる人物像であり、観終わった後1つ1つ噛み砕いてみたくなる作品でもあるが面白いのはターの“装い”が少しずつ剥げていく描写だ。

もちろんケイトの演技が物を言うのだが、クラウディオ・アバドのレコードジャケットをパクってみたり、自分の地位と権威をあからさまに表現してみたり(名指揮者達のアルバムを並べてその上を歩くシーンはあまりに自分至上主義的だった)・・・確かに彼女自身のプロデュース力と言えばそうなのだが裏を読めば「あれ?この人虚栄心強め?」なんて思ってしまったりして彼女がそうしてあの地位を掴み取って来たのかと或る意味人間らしさが見えて面白かった。


しかし、ひたひたとターの築き上げたものを侵食するように進められる裏工作や天才的チェロ奏者オルガと出会ってしまった事で徐々に剝がされる燻んだベール。


印象的なのは自分を普通のレズビアンだと称しているのに国際女性デーを知らなかったりバーンスタイン師事も嘘(だって時代が違い過ぎるし故郷のビデオが証拠?)、隣人の助けに表面的には手を差し伸べるがその後の差別的な行動は正直ギョッとした。
自分は別格で世に認められ誰もがひれ伏すヒエラルキーの頂点だと“勘違い”したエゴイストの「ピアノがうるさい事件」にはちょっと気持ち良さを感じた。

SNS時代のキャンセルカルチャーを描きながらクラシック界のヒエラルキーや現代カルチャーにまで及ぶ言及はトッド・フィールド監督の練りに練った脚本の素晴らしさに他ならない。
監督はコロナ禍の自粛期間にかなりの危機感を感じたと語っていた。そして生まれたのがこの脚本で当て書きしたというケイト・ブランシェットの各賞総なめと言う結果を生んだ。

リディア・ターと言う人物像の困難さは肩書で解る。
『クリーヴランド管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック、ボストン交響楽団そしてシカゴ交響楽団というアメリカ5大オーケストラで指揮者を務め、さらには作曲家としてエミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞を受賞。現在は、世界最高峰のドイツのオーケストラ(恐らくベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)で女性初となる首席指揮者を務めながら、ニューヨークのジュリアード音楽院で後進の指導にあたる』だ。

故にドイツ語にピアノ、誰にも見劣りしない指揮、これだけやってきたアタシって凄いでしょ?!な傲慢さww

ハードだわ。
それを遣って退けたケイト・ブランシェットの役者魂に感服だ。

それに加え、アシスタント役フランチェスカを演じたノエミ・メルラン(『燃ゆる女の肖像』『パリ13区』は記憶に新しい)、ターのパートナー役シャロンのニーナ・ホスのこの作品に不可欠な登場人物としての存在感は素晴らしかった。

この作品のリクエストとしてアメリカ人は監督のみでと言う条件があったらしいがそれも活きてるのかな?

あぁ、マーク・ストロングが蹴り倒されるシーンは狂気の沙汰ではなかったね。
彼のあの立ち位置がココに繋がるかぁ!だったわ。


実際にチェロ奏者として活躍し、本作が俳優デビューとなるソフィ・カウアーも非常に良かったが彼女に関してはターとの対比として描かれてる様にも思える。
レストランでの彼女たちの会話の嚙み合わなさに可笑しささえ感じてしまったから。

そして全ての音響を担当したヒドゥル・グドナドッティル(『ジョーカー』)の凄さよ!
意気揚々としたオープニングから次第に不信感が増す効果音までお見事!

ラスト、最高地位から引きずり降ろされたターが向かうのは東南アジアの何処か。
彼女が出直すのには個人的には良い場所だと感じた。指揮を続ける事を選べるのなら彼女の転落も無駄じゃないからね。

そして『モンスターハンター』を新しいクラシックとして用いた演出は賛否ありそうだが嫌いじゃない!

現代カルチャーとして未来を感じさせるじゃないか。

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