新宿の話

新宿に友人の店ができた。正確に言うなら、店はずっとそこにあったものの、その店が最近友人のものになった。めでたい。

早速飲みに行くと、ずいぶん久しぶりに会う人や、わりと最近も会った人、新宿でしか会ったことがない人、新宿以外でもたまに会う人、たぶん会ったことがある人、初めましての人、などなど、とにかく賑わっていた。



私が新宿を起点とする私鉄沿線に住むようになって、かれこれ20年以上経つ。もともと新宿に行く機会は少なくなかったが、暮らしに酒が介入してからは新宿が一層明確な存在になった。

友人と集まったり、一人で飲んだり、とりあえず新宿が最短にして最適な選択肢。行けば何かあるし、誰かいるかもしれない。いなきゃいないで一人で飲めるし、飲まなきゃ飲まないで全然いい。新宿は一切こちらの行動を規定しない。

とはいえ結局のところ、私の新宿の思い出に酒が登場しないことはほとんど無い。


一時期もっとも登場したのは、歌舞伎町のホテル街にある「すし居酒屋アルプス」。すし居酒屋と名乗ってはいるが、メニューの中では寿司が一番うまくない。そのほか大体のうまくなさや騒々しさと引き換えに全てが安い。生ビールを称する少し変な飲み物が大体180円くらい。

これら通称「アルプス系列」の店には大変お世話になった。西口の小田急ハルク裏にある「やまと」や、新宿区役所裏に後から出来た「めだか」など、とにかく大量の酒を安くワイワイ飲むことにかけては定番だった。

質が悪い酒を飲んでいる端からぽろぽろと断片化していった記憶たちも、あらためて振り返れば砂利道のように無数に散らばって輝いている。今でも年に数回は「アルプス系列」へ仕方なく行くことがあり、あのスラム感もたまにはいいかも、と一瞬思わないでもない。


アルプス系列の店で大学生のように飲む日々から自然と離れていく中、ある日久々に再開した友人がゴールデン街のバーカウンターの中に立っていると言うので飲みに行くことにした。これが大きな転機に。

結果、その店では数々の出会いがあった。

顔を知っている人、飲んだことがある人、友人や知人の類が連鎖的・爆発的に増え、あっという間にその店が私の新宿の中心、というか人生の全ての楽しさの中心といっても過言ではないほどになった。言うまでもなく、冒頭の友人の店はこの店が前身となっている。

また、今の恋人との初対面も、私がその店にベロベロで現れたことに端を発している。その日は昼も早いうちから中野で友人と飲んでいて、夜は一人で新宿へ移動していつもの店に行った。ベロベロになった私のコミュニケーション能力はだいぶブーストされた状態だったので、全てが何とでもなった。
(※実際に付き合うような関係になるのはもっとずっと後の話になる。最初はお互い「よく顔を合わせるけど特に話す機会も興味もない人」だった)

で、先日、その恋人を私の父に紹介がてら、3人で食事をする機会をもうけた。そこで私とのきっかけを話す恋人は、ゴールデン街の店名までしっかり挙げて説明していて、そこまで全部言うんだと思って笑ってしまった。



物心ついた頃には新宿がすぐそばにあった。物心がいつついたのかに関しては諸説あるが、基本的には今現在の私から見た数年前の私を「あの頃はまだ物心ついてなかったよな」と俯瞰して眺められてしまう。そんなことをもう十数年は繰り返している。

新宿が他の街と明らかに異質なのは、新宿は全てを飲み込む「底なし穴」ということ。新宿を前にすれば、これまでどんな人生を送ってきても、富があってもなくても、誰でもその人なりに新宿に受容され得る。新宿という街そのものに存在を拒まれる感覚はまるで無く、他の街では決して交わらない人同士がほんの薄い空気の層の向こう側にたくさんいる。それが本当に面白い。

金銭的なことは度外視で住む場所を自由に決めていいとしたら、少し頑張れば新宿から歩いて帰れる場所が理想だなぁと以前から思ってはいる。もしも東京から終電が存在しなくなったとしても、できればそれくらいの距離感がいい。ただ、もう少し踏み込んだ話をしてしまえば、やっぱり近所にでかい西友かオオゼキかOKストアが欲しいなと考えてしまう。

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