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最高の第一話なのに失敗作?手塚治虫の悪い癖が爆裂した「ブルンガ一世」

今回は心の悪魔を育てる「ブルンガ一世」をお届けいたします。
悪魔の生物「ブルンガ」それは育てた飼い主の心によって
正義にも悪魔にもなり得る異色の生物でありました。

扱う者によって姿を変える設定により人間の欲望やエゴを鋭く描いた意欲作を今回は解説していきますので是非最後までお付き合いください。

それでは本編行ってみましょう。


本作は1968年4月から「冒険王」にて連載された作品であります。

あらすじは
あるとき、
ジロ少年の家に二つトランクを持った謎の老人が上がりこんできます。



そしてトランクをひとつ置いて消えてしまうんですが
トランクの中には「ブルンガ」という謎の生物が入っていて、
「どんな動物にしたいか」を願って一晩トランクの中に閉じ込めておくと、
何でも好きな形の生物になると言うものでした。


すると翌日ジロ少年の願うトラと馬とワシとサメの強さを持ち、
リスのようにかわいく、犬のように利口な動物・ブルンガが生まれました。

一方もうひとつのトランクは刑務所に託され70
囚人たちの凶暴な願望が具現化され、蛇のようで、ライオンの強さを持つ、
冷酷な生物・ブルンゴが誕生します。

そしてまったく別の場所で生まれた二匹は実はつがいだったのです。
正義と悪、オスとメス
人間の欲望と願望から生まれた二匹の生物を巡り物語が展開してゆく68
娯楽ファンタジー作品というのが大枠のあらすじであります



非常に素晴らしいオープニングです。持ち主の考え、思考、思いが具現化して謎の生物が生まれてくる設定、この展開は鮮烈でした。

少年誌においての第一話としてはほぼ完璧な出足だと思います。

何が出てくるか分からないドキドキ…
自分の心が反映された生物が生まれてくるなんて
ガチャガチャのようでめちゃくちゃワクワクしますよね。
こうなったらもう、中から何が出てくるのか気になってしょうがないので
読み続けてしまうという設定に持ち込んだ素晴らしい掴みです。

そして
「いきなり自分のキャパを超える能力を得たらどうするのか」という
本作の核心のテーマは「ユフラテの樹」などでも使用されている手塚作品ではおなじみの設定で

「実は人間が試されていた」という設定も
「グランドール」や「7日の恐怖」「人間牧場」といった作品でも使用されているSF映画好きの手塚先生おなじみの設定であり手塚らしさが上手くミックスされた非常に素晴らしいオープニングだと思います。


何より
この育てる人間の心象が大きく影響するという設定はシンプルでいて
非常に核心を突いた設定です。
ペットを飼ったり、植物を育てたり、学校のお友達、兄弟や親子の関係もこの設定に当てはまりますし、普段何気なく過ごしている日常生活の当たり前すぎる環境も、こうした違う視点から見せることで
ふと大切な何かを気づかせてくれるメッセージが手塚作品にはあります。

人間なら誰しも
憎しみ憎悪恨み怒り妬みなどネガティブな思いを持ってしまいますがその思いを相手に吹き込んでしまうと
相手もそのような生物になってしまうよ、という至極当たり前の理を
マンガの設定に折り込んでくるのが手塚マンガが単なる正義と悪の怪獣バトルにはならない深みを感じさせてくれます。

とは言え…
普通に読んでいればそんな説教臭さなんて微塵も感じさせず、むしろ
「悪魔の生物」とは似ても似つかぬめちゃくちゃ可愛い生物が誕生します。

これこそ手塚タッチの神髄ともいえる可愛さがここで炸裂、


何ですかこの愛らしさ(笑)

ユニコとレオ(ジャングル大帝)を足したような可愛さです。
それが時として残忍残酷な怪物に変身してしまうんですから
逆に異様な怖さを感じさせます。


残酷な性格を持った可愛らしい生物と言えば
1984年の映画の「グレムリン」的なイメージが近いです。


「グレムリン」も怖かったですよね。
あんな可愛い生物が手の付けられない化け物に変わっちゃうんですから当時は衝撃でした。


「グレムリン」は
「約束とは?」をどういったものかを教えてくれる作品になっていましたが
「ブルンガ一世」も似たような意味で
「人の思いで相手が変わる」というテーマで進みながら
どちらも人間の欲望や汚さを浮き彫りにした作品になっています。
子供ながらにこういうおとぎ話や昔話的なシンプルな
メッセージって結構心に残るものです。…というか引きずる(笑)

「グレムリン」は最後には大群で人間を滅ぼそうとしますが
この「ブルンガ」は元は「誰もかれも不幸にする」悪魔の生物なのに
実は争いを好まないんですね。

現に二匹は頑なにそれに抵抗します。


しかし「ブルンガ」たちに敵意がなくとも
それを操つる人間たちによってどんどん不幸な方へ進んでいくんです。
そしてこの「ブルンゴ」の飼い主がロックなんですけどこれがまたヤな奴なんです。
「バンパイヤ」並みにぶっちぎった悪役を披露してて
なかなかのぶっ壊れ役なのでここは必見であります。


そんな「ブルンガ1世」でありますが
手塚先生自身の評価に寄りますと、失敗作のだったようです。

実は元々TVアニメ化放送の予定で構想された作品だったそうで
キャラクターセルまで出来上がっててパイロットフィルムの、その直前でアニメ化がボツになったそうなんですね
連載で言うと1回目の連載のときに、アニメ化の企画が同時に進み
先生自らがカット原画も描いているときに中止になったそうです。

当初は悪魔に作られた怪物の子供と、人間の子供を登場させ
一話完結形式で様々な事件を友情で解決する話だったそうなんですが
テレビ化がなくなったことで止む無く企画変更したらしく
「おかげでそれからの内容は支離滅裂です」と回顧しておられます。

メスの「ブルンゴ」の登場も後付けらしく元々設定になかったようですね
まぁ別にアニメ化がなくなったからってそもそも規格変更しなくてもいいと思うんですけど
これは
単に人気がなかった言い訳に聞こえちゃうのはボクだけでしょうか(笑)

この時期の手塚作品は面白さと人気が比例しない時期が続いていたので
先生自身もかなり卑屈になっていますし、
人気の陰りを認めたくなかったんじゃないかなと思います。
実際この後、ドン底にまで堕ちてゆくんですが
当時のことを先生自身こう語っております。

「これは何年かに一度谷底に落ち込むことがある作品
コンディションは最低だった、お手上げの状態」

と言うようにキャリアの谷間の中にあった作品だったことが分かります。
でも冒頭にも申し上げたように
序盤が良かっただけに非常に勿体ない作品ですね。

…というより変に
こねくり回さなくても良かったんじゃないかなと思うんですけど
アレコレ考えているうちに徐々に取っ散らかったんじゃないですかね

きっと自分でもどうしていいのか分かんなくなってきたんだと思います。
先生の悪い癖ですぐに「飽きちゃったり」「投げ出しちゃったり」するんで
この作品もきっとその一部なんでしょうね

様々な生き物にトランスフォームする怪物
そしてそれは破壊的な性質を持っていて、元々はどちらも「悪」という設定なんてなんとも手塚作品らしいじゃないですか

元々が白くて黒くなったんじゃなく
元々が黒くてさらに黒くなったものに変態していくというね
めちゃくちゃいい設定だと思うんですけど、それを上手く使いこなせず
あえなく撃沈してしまった悲しい作品が本作であります。
返す返す第一話がとても良かっただけに悔やまれる一作ですね。

あまり知られていないマイナー作でありますが機会がありましたら
ぜひお手に取って読んでみてください。

こちらはオリジナル版も発売されております

現存する原画を使用し、
単行本化に当たってカットされた扉やカラー/2色ページを原稿から忠実に再現しており使用されなかったページも連載時の形で収録されております。

さらに企画されながらも頓挫した幻のアニメ版用に手塚先生自身によって描かれたスケッチや絵コンテなどの関連資料も豊富に掲載されております。
まさに「オリジナル版」完全仕様となっておりますので
手塚ファンにとっては必見の一冊と言えます。


以上「ブルンガ一世」のご紹介でした。
最後までご覧くださりありがとうございました。


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