見出し画像

手塚治虫の幼年向け「性教育」ふしぎなメルモ

今回は「ふしぎなメルモ」お届けいたします。

メルモと言えば、ちょっとエッチで子供ながらにドキドキしたなんて方も多かったのではないでしょうか。
それもそのはず
本作は子供向けの性教育を目的として制作された作品なのであります。
今回はその辺りを掘り上げて解説していきますので
ぜひ最後までご覧いただければと思います。


それでは本編行ってみましょう。


本作は1970年から72年まで『小学一年生』に連載。
その他、『よいこ』『れお』にも掲載された作品です。

あらすじは
交通事故で亡くなった天国のママから、
主人公メルモが赤いキャンディーと青いキャンディーをもらいます。

そのキャンディーは食べることで年齢が歳を取ったり若返ったりする不思議なキャンディーでそれを使ってメルモが様々な困難を乗り越え大人に成長していく幼年向けのファンタジーマンガとなっております。


メルモと言えば何と言ってもアニメですよね。

原作の掲載誌も学年雑誌だったためあまり目立つ作品ではありませんでしたし内容、話題性から見ても今回はアニメを中心に進めていこうと思います。

さて、原作とアニメの決定的な違いは何と言っても「性教育」を意図して描かれているということです。
原作では普通の幼年向けマンガ向けに対し
アニメのみが「性教育」を目的として描かれております。

というのもアニメ用作品の初期段階では手塚作品の別の性教育漫画
「アポロの歌」をアニメ化する形で企画が進んでおりました。


これは手塚先生が虫プロの社長をやめて、手塚プロを設立して
その記念にアニメを創ることになった手塚プロ初の作品ということもあり先生本人もめちゃくちゃ気合入っていたんです。

ところがテレビ局から「大人用の性教育アニメはちょっと……」ってボツになっちゃうんですね。
でも、これ実は「アポロの歌」とも全く関係ない作品だったんですけど、パイロットフィルムのタイトルに「アポロの歌」ってクレジットされていてそれで勘違いされて却下されちゃうんです。

それで止む無く…
『ママァちゃん』というタイトルに変更するんです。

ママァちゃん時代の原稿

ところが「ママァ」という名称が、すでに版権登録されていて商標取得ができなくこれも変更しなければならなくなったんですね。


さぁどうする…
スタッフ一同慌ててほかの名前を考えたそうですが
なかなか思うようなものが浮かび上がらない中、手塚先生が
「〝メタモルフォーゼ〟でどうか? 」
という提案があり、そこから文字って「メルモ」に決まったそうです。

(ちなみに先生自身「アポロの歌」は全く関係ないと言っておられますが
「アポロの歌」にはメルモのモデルとなるキャラが登場しています。)

メルモの前身「アポロの歌」より

語呂合わせにしては非常に的を射たネーミングですよね。

まさに手塚作品の「変態」「変体」をテーマにした秀逸なネーミングだと思います。変身、変態こそ手塚作品の真髄であり
メルモにおいては受精卵レベルまで若くなったり別の生物にも生まれ変わってしまうという手塚治虫ならではのぶっ飛んだ設定が炸裂しております。



性の描写に関しても1950年くらいからずっと教育委員会などと戦ってきた手塚先生、過去には社会悪の親玉として吊るしあげられてきましたが
実は誰よりも、性の描写に対してはデリケートに扱ってきているんです。

「ハレンチ学園」などの登場で時代が劇画や過激な描写に流れていく中でも
決して刺激物としての性描写は描かず常に子供たちには「命をテーマ」にした作品を描いてきています。

メルモのように身体的な変化が起こる作品でも
快楽のための「性」表現ではなく神秘的な「性」表現
「命とは」「生きるとは」「性別とは」という
生物学的な立ち位置で「性」を扱っているのは
医師であり漫画家でもある手塚治虫だからこそのこだわりだと思います。

命の尊厳という軸を常に持って描くスタイルはライフワークの「火の鳥」と同じですよね。
「永遠の命」を求める「若返りたい」と願う人類普遍のテーマを
幼年向けマンガにもぶち込んで、それを教育の一貫としてアレンジしているわけですからこのあらゆるジャンルを描き分ける多様性というのは
日本の作家という視点から見てもズバ抜けた才能を持ち合わせていた凄まじい作家であると思います。


さて…最後にこの「ふしぎなメルモ」のこぼれ話を少しして終わりたいと思います。

このアニメ制作にあたり
本作は手塚プロダクション初ということもあって、
手塚先生はもれなく「全部自分でやりたい!」と言い出すんですね。

やっぱりかと…
スタッフも薄々は感じ取っていたんですけど、過去に数々の破滅させた前例があるので今回は「無理、勘弁して!」という廻りの判断もあり
雑誌の連載を何本か減らしたりしたりして、今度こそと万全の体制で臨むんですが…

やっぱりこれもとんでもない取っ散らかりを見せます(笑)

そもそも元々の仕事量が多いので数本減らしたところで
状況はさほど変わらないのが手塚治虫のカオスなところです。

どんな状況であったかと言いますと
アフレコの前日になって、やっと台本が出来上がったとか…
フィルムがない状態で声優が声入れしたとか…
あとあまりのヒドさに声優が全員、
「降りる、こんなんじゃもう出来ない」とストライキがあったり
相変わらずの正気とは思えない修羅場が展開していたそうです(笑)

それでも手塚先生はこの「メルモ」がお気に入りだったんで
スタート当初は、先生自身が原画を描くほど張り切っていました。
これはとんでもない所業です。
普通、こんなことは原作者はやりません。

手塚治虫本人が描いたレイアウト原画

…というかこんなことやってたから破綻したんですけど
もうやりたくてしょうがなかったんでしょうね。
その他の漫画の連載を書き終えた深夜2時か3時から、レイアウト原画に取り掛かり朝までとんでもないスピードで描きまくる
しかも着色まですべて先生一人で描いて、終わったら寝ずにまた別の連載に取り掛かると言う化け物じみた殺人スケジュールをこなしていたそうです。

ちょっとにわかに信じられないエピソードですが
これが手塚治虫の日常ですからね。

あとこんなエピソードも残されています。

制作の際にあるスタッフが
「先生、今日は演出家と打ち合わせがあるので、台本を読んでおいて下さい」と言って机に台本を置いたそうなんです。
でも、手塚先生はいつまでたっても読んだ形跡がない。
そりゃあそうです。クソ忙しいんで読むヒマもないんでしょう。

それでもいよいよ打ち合わせが近づきしびれを切らせたスタッフが、
「先生、申し訳ないけど、その台本に目を通して置いてください」って
突っ込んだそうなんですね。

そしたら、
打ち合わせが始まったら、手塚先生は何も見ないで

「●ページのセリフはこう、●ページのあそこはこう直してください」
って始めちゃって、
「その次のページは……」っていうように、誰よりも完全に把握していて
そのスタッフは絶句したというエピソードが語られております。

もはや凡人には到達できない天才の領域ですよね。
通常の物差しでは測りきれないのが手塚治虫ですから
すべてが振り切れちゃってて廻りがついていけないのも頷けます

そんな天才が精魂込めて作り上げた性教育アニメ「ふしぎなメルモ」

興味を持たれた方はぜひご覧になってみてください。


そしてこのような手塚治虫の変態エピソードに興味を持った方は
ぜひ「ブラックジャック制作秘話」「チャイサー」は必読です。

マジで読み始めたら止まらないくらい没頭しちゃいます
手塚治虫のぶっちぎりにイカれた破天荒エピソード満載の
衝撃的なマンガになっておりますのでぜひチェックしてみてください。


そしてこちら
『ふしぎなメルモ トレジャー・ブック』
今回ご紹介した手塚先生自身によるアニメ用のレイアウト原画
こちらを中心に集成した初のヴィジュアルブックが発売されております。
加えて2014年に手塚先生の仕事部屋の“開かずのロッカー”から発見された原画を含む貴重な下書きと関連資料、
さらには手塚先生が番組のために描き下ろした図解カラー原画も収録
さらにさらに、原作漫画の全集未収録エピソード14本を、
修正なしのほぼ生原稿の状態で掲載しているファン陶酔の珠玉の一品となっております。


この記事が参加している募集

マンガ感想文

好きな漫画家

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?