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日本人に必要なのは、エネルギーとシンプルさを持つ食

大原千鶴 / 料理研究家

命ある食材を慈しむ気持ちが、人の心を養い、人の生き方をも作っていくことにつながると感じています。

できあいの食品に頼りすぎることへの懸念

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京都・花背の料理旅館「美山荘」で生まれ育ち、テレビ、雑誌などで発表する作りやすいレシピが評判の人気料理研究家・大原千鶴さん。日々、食と接する中で「今の時代は、忙しさで時間に追われる人も多いので、便利なできあいの食品に安易に頼ってしまっているのではないか」と懸念する。

自然の力でしっかり育った食材を手に入れることが理想的だが、ふだん、私たちは買い物をするときに、スーパーに並ぶまでの過程を意識しながら食材を選ぶことはあまりない。大原さんは「手に入るまでの状況まで含めて自分の体に取り込んで食べている」という意識を強く持っているそうだ。

「例えば、お肉を食べたいときに、家畜を育てるためにたくさんの穀物が消費されていることまではなかなか考えませんよね。作り手が植物や家畜が育つまでの環境を見直すこと、買う側もそれを意識することが大事だと思います」

また、大原さんは命ある食材を慈しみながら、「余すところなく食べる」ということは、人の心を養い、生き方をも作っていくことにつながるという。

エネルギーある自然の命をいただくうえで、私の料理はシンプルで簡単。食材そのもののおいしさを引き出す工夫を常に考えていて、材料も少なく、調味料も過剰に使いません」


料理はもっとシンプルでいい

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家庭料理の現場では「シンプルで簡単」が求められているが、その一方で、現代の女性は、家族、仕事、地域という関係性の中で忙しく生きていて、「レシピ通りの食材を揃えなければいけない」「子どもの好き嫌いをどうしよう」と、自分で自分を追い込んでいる人も多い

「料理を苦手に感じている人も難しく考えないで。例えば、新鮮な食材であれば塩をかけるだけでもおいしいものです。私自身、このやり方のほうがもうちょっと料理がラクになる、という改善を繰り返しています」

京都には、食材を無駄にしない戒めとして「始末せんと冥加に悪い」という言葉がある。冥加とは神仏のご加護。ものを粗末に扱ってはいけないという意味で、それぞれに見合った方法で使い切る「始末料理」につながる考えだ。

「ケチケチするのではなく、ものを生かす能力を持つということ。『一本の草にも一つの花にも命があるから、それを無駄にしないように』とも両親から教えられたのですが、何でも食べたらいいということではなく、生かしたという事実を自分が体感することで、満足度も上がるのではないでしょうか」


安心できる食は地域交流の輪からも広がる

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大原さんが「町中にいても新鮮な野菜が手に入る」と利用しているのが、京都で古くから伝わる野菜の「振り売り」。近郊の農家の奥さんが軽トラックに朝どれ野菜を積んで売りにくる直売所で、かつては日本全国で行われていた販売方法だ。

「家の近くに定期的に来てくれるので、なじみの農家の奥さんやご近所さんと顔を会わせながら、おいしい食べ方の情報交換もできる。井戸端会議を楽しみながら買い物をするこの関係性がいいですね

自分が暮らす地域で採れた食材を食べることを一般的に「地産地消」と言うが、それと似た意味合いで京都には「三里四方のものを食べろ」という言葉がある。三里(約12キロ)四方で育てられた季節の食材を食べていれば、健康で長生きができるという教えだ。

生活をしている場所で採れたものが体に合うということ、その空気や風を感じながら旬のものを食べるのが最上のごちそうであり贅沢だということです。京都に限らず、地域で安心して暮らすために、互いに信頼し、許容し合えるコミュニケーションも持ちたいですね」

例えば「大根が余ったから」と煮付けてお隣りに配ったり。「おかずを余計に作ったから一緒に食べへんか」でもいい。相手が迷惑するのではと気遣うより、「あげる気持ちのほうが大事」とも言う。食材を無駄にせず、大切にする気持ちも広がるし、コミュニケーションのきっかけにもなる。

「個々で意識の持ちかたを変えるだけでも変化が生まれるはずです。相手が気に入らなかったらどうしようと考えるのではなく、その気持ちが大事。ちょっとした勇気を持てば、自分の周りの風通しがよくなって、幸せも広がっていくと思います」


里山暮らしが、自然の味がわかる舌を育てた

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京都・花背の料理旅館「美山荘」での日々の暮らしの中で、料理の心得を学んだ大原さん。山の中の自宅のまわりには民家もスーパーもなく、山菜や川魚などがおかずの材料になる完全和食の食生活だったという。

「実家は料理屋なので、食べること、料理に関しては大事にしてきました。家族経営で大人は忙しくしていたので、小さいころから食事はお店の従業員向けに出されるまかないをいっしょに食べていましたが、そのまかないを作るお手伝いもしていました。遊び半分なので変な料理も作りましたが、好奇心を否定されず、自由にさせてもらえた。その体験が、身近な食材を食べる楽しさにつながったのだと思います」

まかないに使う食材は、お客さまに出せないものの残り。祖父母や両親から採れたての山菜の姿、地鶏をつぶして食べるまでの過程を教わり、自然のものを余すことなく食べることを体感で覚えた

「残りものではありますが、すべて畑や山、川からいただく宝石のように輝く命でした。魚の頭としっぽなどの端っこも、自然の中で育った本物の食材なので味はおいしい。毎日同じようなものを食べていましたが、それが舌を育てたというところはあると思います」

現在の日本で、幼少期に皆が同じような経験をすることは難しいが、ストレスにならない程度に生産者の情報を気にかけながら食材を選ぶことはできる。買い物をする場所、食材がどんな環境で育てられたかに思いを巡らす「気づき」こそ、将来の健やかな体づくりにつながるのではないだろうか。


■プロフィール

大原千鶴(おおはら ちづる) 料理研究家。幼い頃から実家の料理旅館「美山荘」で料理の腕を磨き、自然に囲まれて育つ。母として二男一女を育てた経験を生かした、シンプルで作りやすい家庭料理が評判。「第39回世界健康フォーラム2018・京都」のパネリストなど、食育に関する活動もしている。

取材日/2018年12月

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