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2024.9月日記、前半

9/1(日)

今日の”光る君へ”いよいよ紫式部爆誕の回だった。
旅行中ずっと観られなくてやきもきだったので(録画忘れてた)いきなり話が飛んだぽかったけど、いよいよ後半戦突入で私の中では盛り上がってる。

紫式部と清少納言、現代のシンガーソングライターに例えたら誰だろうなって考えてたけど、恋や人間関係の不器用さ、割と世情に敏感な文章の紫式部は中島みゆき。言葉の選び方のスマートさと瑞々しさ、ぴかりと光る詩的な表現の清少納言はユーミン(特に荒井由実の時代)かなと、恐れ多くも思った。

9/2(月)

昨日は雨の日曜日で自宅でくすぶっていたので、いよいよ9月だという実感が湧かなかった。それでも朝晩の気温が下がってきてくれたので、幾分か過ごしやすくなった。
久しぶりの晴天なので、洗濯物を外に干しておひ様の香りにいつ以来だろうととてもうれしい気持ち。旅行中はコインランドリーだったし、帰っても雨続きだったしね。
ちなみにお日様の香りの正体は「洗濯物に残っている皮脂や洗剤などの残留物に太陽光の紫外線が当たることで起こる化学反応により生成される、アルデヒドやアルコール、脂肪酸など」でシトラス系の香りの成分のひとつらしい。なんで皮脂から柑橘系の香りになるの?って不思議だけど、お日様の香りって草っぽい気もするので、シトラス系ってなんとなく納得はできる。

9/4(水)

私はかなりな片付け魔です。
ある一つのことをするとその都度片付けてしまって、まだ使うんだった、
ということが多々ある。
片付け魔かどうか微妙なんだけど例えば薬を飲むでしょう。
その時に薬を口の中に入れてコップの水を一口含むと、もうその水を捨ててコップを洗っちゃうんですね。でもまだ薬が飲みきれなくて、また洗ったコップに水を注いでもう一度飲むという。
愚かしいと言えば愚かしいのだけど癖だから治らない。これって片付け魔なのかせっかちなのかどうなんだろう。
ただ、普段の生活はおよそせっかちには程遠いので、やっぱり片付け魔なのかな。

9/11(火)

旅行から帰って8月に一回草取りをしたのだけれど、まあそんなもので終わるわけもなく、またぞろぞろと出てくるわけで…
2回目も滝汗をかきながら、蚊に刺されながらも頑張って草取りしましたとも。
今年は長雨と猛暑のせいでいくつかの花が枯れていた。
まあ、1ヶ月以上留守で放置なので生きていたことが奇跡なのだけど。
宿根リナリア、なでしこ、ガザニア、バラ(マーガレットメリル)、
バラ(舞妓)あたりが完全に枯れた。
他にも風前の灯みたいに今にも枯れそう的なものも多かったんだけど、やはり植物は強し!しっかりと新しい芽を出してきてくれた。
一番驚いたのはバラで、鉢植えなのでほぼだめだと思って、それでも様子見で枯れた所を少し剪定しておいたら、なんと10日程で新芽が出てきて、今は葉も茂り出して本当にびっくり。
バラは枯れたと思っても意外と復活するので、病気に弱い印象だけど頼もしい。

9/15(日)

NHKの大河ドラマ”光る君へ”
やっと大人として恋に目覚める中宮彰子の回でした。
源氏物語のエピソードが所々に散りばめられていて、あの場面だなとわかるのも楽しい。
源氏物語といえば、最初に読んだのは高校生の時の「谷崎源氏」で言葉が難解なのと長編すぎて挫折。
次に読んだのが「円地源氏」この頃は女流作家が好きだったので、意外と素直に読めた。
次が田辺聖子の「新源氏物語」この人に源氏はとても読みやすくてすらすら読めるのでお勧め。
そして亜流好きな方のために田辺聖子の「私本・源氏物語」
パロディとして片付けるには惜しい。関西弁の語りも軽妙だし、実際の平安貴族もみやびの仮面を外せばこんなものだろうなと納得できる。

ぼんやりと思い出したのだけど、私が若かりし頃読んだ本は母のおさがりで、日本文学は夏目漱石を始めとする明治の文豪や、外国文学でも戦後すぐの物は、みな旧仮名使いだった。
なので、本ってこんなに難しいのなら読みたくないと離れていた時期があった。
ちょっとなつかしくて本棚から引っ張り出してみた。
古い本って甘い匂いがするのなんでだろう。母は十代の頃に随分難しい本を読んでいたんだなと、重版の年月日を見て今更驚いた。

これは私がやはり十代の頃に買った本、文庫なのに外箱に入っている珍しい本。今じゃ単行本だって中々入ってないよね。¥130也でした。

いつか本棚を総棚ざらえしてみたいな。結構変な本がいっぱいあっておもしろいかも。

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