音無(おとな)と大人

 バッティングセンターでアルバイトをしている。

 いろんな人が来る。少年野球の子どもたち、社会人野球の大人たち、彼氏が野球経験者のカップル、挙動不審でやせっぽっちな常連さん、にらみの利いた高校生(常連さん)、すごく野球がうまそうな、でも全くバットにボールが当たらない、金髪角刈り、Tシャツパツパツのアメリカ人。ほんとにいろんな人が来る。

 ある日、朝の9時から10時までの貸し切りで予約をしていた少年野球団が、ユニフォームを着てぞろぞろとやってきた。
 僕の座っているカウンターの前にずらりと並んで、
 「礼!!」とキャプテンが声を上げると、一斉にばっと深々と頭を下げた。彼らの心の中の声が聞こえた気がした。
 (いち、にぃ、さん)
 全員が顔を上げると、キャプテンの掛け声に合わせて、「オシャッス!!!」と、高い声であいさつをした。騒がしい朝だなー、と思いながら、僕も「はーい、よろしくね」と、子どもたちをほほえましく眺めるお店のお兄さん風の声であいさつを返した。こうやって自分を大人に変えていくのか、とも思った。
 新聞を読んでいると、どうやらバットが折れたらしい。興奮した声が聞こえてきた。
 「すげー!!バット折れた!」と少年A。
 「うおーーーー!!!!!」と少年B~Z。
 とまぁ、そんなこんないいながら、一時間もアッという間に過ぎて、また、帰り際に大声のあいさつ。


 (やっと静かになる・・・)と思う間もなく、今度はユニフォームを着た社会人野球の大人たちが、特段挨拶も何もなく、ぬっと入って来た。おのおの、スマホをいじったり、新聞を読んだり、おもむろに打ち始めたりと、まだ朝が抜けていないようで、とても静かだった。
 一時間半ほど滞在したのち、入って来た時よりはすっきりした顔で、しかしやはり静かに、音も無く店を後にしていった。彼らが座っていたテーブルには、飲みかけのペットボトルが置かれたままだった。

(大人やなー。)

 彼らが出ていくと、お客さんもまばらになった。

 親子がやってきた。どうやら、子どもは野球をやっているらしい。お父さんも熱心にスイングの指導をしていた。
 彼らはすぐに出ていった。
 出ていくとき、お父さんが、「おいっ。あいさつはどうした。ありがとうございましただろ」と叱りつけていた。
 (厳しいなー)と僕。
 子どもは、振り返りざま、かぶっていた帽子に手をかけて、おそるおそる、「ありがとうございました」と、小さくつぶやいた。
 お父さんはというと、叱りつけるだけ叱りつけて、子どもの決死の挨拶も見届けずに、何も言わず店を出ていった。
 (あら。お父さん……大人やわー)と心の中で苦笑した。

結局この日はたくさんの大人(音無)にであった。

僕自身を振り返ってみると、そんなにしっかり挨拶せんなー、と思った。だけど、やたらと人からあいさつされたがっている。

(僕もずいぶん大人になったものだ。)



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