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生き馬の目とか余裕で抜けるやん

 結局、上京当日、一言も口を利かずにあたしたちは、地元の新幹線駅から東京に出発しました。ここから東京までは4時間半の道のりです。

娘はゲーマーです。中毒とまでは言いませんが、まぁまぁ熱心なゲーマーでしょう。大学に合格してからは、タガが外れたように毎日毎晩ゲームをしていました。オンラインで知り合った友だちと、スマホで通話しながらゲームゲームです。

 おいらはそのことについては、とやかく言ってません。二度くらい夜中の3時くらいに大声を出して騒いでいたので、それは言いましたが、周りに迷惑をかけないのなら、別に問題ないです。

 そう、周りに迷惑をかけないのなら。

 今回は、完全に娘の判断ミスです。早く準備を始めりゃいいものを、毎日ダラダラダラダラ、ゲームばっかりしていたせいで、この有様です。結果、家族のみならず、周りにも迷惑をかける。ゲームがどんだけ上手かろうが、荷造り一つできん奴なんぞ、実社会じゃ単なる役立たずです。

 あたしは娘を育てるうえで決めていたことがいくつかあります。その中の一つに「大人になったら必ず、実家から出す」がありました。東京とは思ってませんでしたが、今となっちゃ東京のほうがいい。この程度の生活能力もないようなのが、親元におったらロクなことない。遠くに行って自分で生きさせないといけません。「かわいい子には旅をさせよ」とはよく言ったもんです。旅してくれ娘。

 新幹線は東京につきました。それにしても、久しぶりに行った東京駅は、田舎もんにはかなりやばかったです。

 この「やばい」は、本来の意味の「あぶねぇ」のやばいです。なん?この人の数。なん?この混雑ぶり。恐ろしすぎる。ここで転んだら、多分死ぬ。ギリ死なないまでも、キャリーケースには轢かれる。

 あたしの周りにいる人は、ほとんど外国人でした、中国語、韓国語、英語しか耳に入ってきません。すげぇな今や日本は一大観光国やね。

 おいらたちは逃げるように中央線乗り換えの出口に行き、新宿に行きました。そこからは某私鉄に乗りかえて、娘の新居に向かいます。新居の最寄り駅についたときは、なにがなんだかわからない感じでした。

 娘の新居は、さっきの喧騒とは打って変わった静かな場所にありました。うん、ここなら人間らしく暮らせそうです。でもさ、この辺お店とかあんまりないね。ほら、新生活につきものの、ホームセンターとか?

あら?それらのお買い物はどこで?

「お母ちゃん、ここから一番近いニトリは新宿しかないよ」

娘が、スマホを見ながらものすごく嫌そうに言いました。よりによって新宿かよ!まじか!まぁ、そこしかないならそこへいくけど、きっついなぁ。この辺住んでる人はどうしてんだろ?車で郊外とかに行くのかしら?

 車なしのあたしたちは、もう一度来た道を戻って、恐怖の新宿に行きました。たかだか洗濯用品買いに、こんな怖いところへ来ないけんとはね

 あぁ、やっぱり新宿はやばい

 駅は迷宮みたいだし、人間はどこからともなく出てくるし、東京駅より、人の移動スピードが速い!人の流れ不規則すぎ!!これなら生き馬の目の一つや二つ余裕で抜けるわ、なんという目まぐるしさ。

 たどりついたニトリも、人だらけです。ここにいる人たちも新生活のためのお買い物に来てる人が多いみたいで、品物が山積みのカートを押しながら、各階をめぐっています。当然、セルフレジは長蛇の列で、いつになるやらわからない状態。ちょうどこの日の東京は気温25度以上で、店内の空気は暑くなる一方です。

 列に並びながら、あたしは『江戸時代の新宿ってどんな感じやったんやろうなぁ、江戸の人が今の新宿みたらどう思うやろう?』などと、考えていました。ここはしょうもないことでも考えて、心を落ち着けるしかない。新宿で生活している人っておるんやろ?ほんとすげぇわ、もう戦士やん。毎日スリルとサスペンスやん。

 なんとか買い物を終わらせ、娘の新居に戻った時は夜の7時を回っていました。新宿でなんか食べたらよかったのにって?いやいやいやいや!あたしがいくら好奇心が強いからって、戦場で食事はできません。

 娘の新居近くで食事を終わらせ、気を失ったように寝て、翌日、細々したことを終わらせ、帰ることにしました。娘は東京駅まで送りに来ました。見送ろうとしているので、「先に行きな」と行ったら、娘はうなずいて、南八重洲口の方へ歩いていきました。改札に入る前に振り向くと、娘の後ろ姿が見えました。方向音痴のくせに、やけに堂々と歩いていく娘の後ろ姿を見て、ちょっと笑ってしまいました。ああいうの、チビのときから変わらないんだなぁ、あの子はほんと変わらない。なんかいつも堂々としとる。

 帰りの新幹線に乗る前に、ハイボールの缶を買いました。今まであまり感じたことのないしんどさで、神経がささくれ立っている感じがします。だめだ、酒でも飲まなやっとれん。

 新幹線が動き出してからすぐに、ハイボールを飲みました。この週末でなにかがめちゃくちゃ減った感じがしてましたが、ハイボールで少し回復です。今までに飲んだハイボールの中でもベスト3に入るくらい、おいしく感じました。ああよかった終わったな、家についたら、すぐにお風呂に入ろう。とにかく風呂に入って全身洗って、一晩寝たら、なんとかなる。

 とにかく、これで一旦は使命が終わりました。引き続き生活の面倒は見るんだけど、娘は巣立っていきました。一応これは自立したことになるのでしょう。うん、あたしにしてはよくやったほうじゃない?

 翌朝目が覚めたら、思ったより普通でした。あの疲労感はなんやったん?東京疲れ?都会疲れ?うーん

どんだけ田舎もんなん?あたし。

 


 

 


 

 

 

 

 


 

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