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方法を考えるより目的を定める

何か困った事が起きた時に、どうするかを考えると思うのだ。

今までそんな時は、自分はそうしてきたし、そもそも方法を考えなけば目的は成し遂げられないと教えられて生きてきたので、他に考えることはなく、ひたすら方法を模索してきたように思える。

でも、些細なことは、どうすればいいか考えて行動に移すか移さないの問題だったのだが、行動すらできない自分がいたので、自分の実力以上と思える大きな困った事が起きた際に、どうするか考えることさえ出来ない自分がいたのだ。

今、自分の中で大きな困った事が起きた今だから思うことがある。

物事は全て上手くいっている。自分の思いが大切でその思いが出来事を引き寄せている。だから、自分がどうしたいか、自分の望みを神様にお願いして待つだけ。そしていい気分でいて神様に従う生きた方をしていく事が大切だということだ。

だから、方法論から目的論というべきか、自分がどうするかといった方法を考えるのではなく、自分がどうしたいのかといった目的を定めることが大切だ。

そうは言っても不安や焦りなどの感情が湧き上がり、せっかく神様にお願いしておいて、心にどうしようと考え始める自分が頻繁に現れる。だから時間はかかると思うし、上手くいかないかもしれない。

でも、だからこそ自分を信じていこうと思っている。

一番大好きで、一番大切な自分だからこそ、大きな課題に直面したからこそ、信じていこうと思えてならない。


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