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梅雨と山椒

恵みの雨とは知りつつも、梅雨に入ると気が滅入る。
座り仕事をしているとこの時期、ふくらはぎがぱんぱんに浮腫むのも恨めしい。今にも空気の中の水分が凝固して滴り落ちそうな湿気に、じっとりと肌が湿る。屋根の下にいるのに。

早く梅雨が明けないかしら、と思うけれども、この時期にもいくつか楽しみがあって、そのひとつが実山椒だ。

数あるスパイスの中でもなんだか山椒は特別。
そう思ってしまうのは、私が日本に住んでいるからだろうか。
外食をするときに薬味として山椒が供されると、一気に料理への期待値が上がる。美しい早緑の木の芽に、質実剛健な見た目と香りの華やかさのギャップが愛しい粉山椒。特に、ついさっき石臼で挽いたようかのような質のいい粉山椒を出してくれるお店に出会ったときは、快哉を叫びたくなる。
しびれるような辛みの強さは花椒のほうに軍配が上がるけれど、山椒のすばらしさは何と言っても香りにある。柑橘類に似たさわやかさと植物の根のような青さを合わせた、唯一無二の清しい香気。油気の多い肉や魚にたっぷり振りかけてどんどん食べることを想像すると、それだけで陶然としてしまう。

だから梅雨入りが近づくと、そわそわする。スーパーの軒先で、枝付きの実山椒を取り扱うようになるからだ。
この時期しか出回らない生の実山椒は、木の芽の色をそのまま実に移したような、鮮烈な緑色が美しい。
たくさん買って一気に下処理し、小分けに冷凍してしまえば次の梅雨まで楽しめる、ということを昨年知って、それからは臆せず大箱で買い求めるようになった。

そんなわけで、今年も梅仕事ならぬ山椒仕事をした。

職場近くのスーパーは、青果が安くてうれしい。
山椒についても例外でなく、和歌山産のぷっくりと太った大粒の実山椒が手ごろな価格で手に入った。

たんまり!
無加工でこの鮮やかな緑である

山椒の下処理は、「枝から実を外す」ところが一番大変だと思う。
存外しっかりと枝にしがみついているころころと固い実を、指先でもぐ。本当は細い軸の部分まできちんと取った方が見目がよいのだろうけれど、自宅用なので気にせず、実が一粒ずつばらばらになっていればよしとする。
ぷちぷち、ぷちぷちともぎつづけて、指が痛くなってきても、箱のなかにはまだまだ枝付きの山椒が残っている。
ちょっと嫌になってきたところで、指先の匂いを嗅ぐ。山椒そのものの、青く爽やかな香り。この香りを嗅ぐと、やっぱりたくさん買って良かったな、と思う。
今年はこれで何を作ろうか、と考えながら、休憩を挟みつつひたすらもぎ続ける。ぷちぷち、ぷちぷち。
鋏を使った方が楽なのだろうか、とも思うが、それはそれで鋏を支える指が痛くなる気もする。

実をすべて枝から切り離せたら、あとは楽ちん。
ざっと洗ってたっぷりの熱湯で茹で、水にさらして灰汁を取るだけだ。
水にさらす時間によって、しびれるような辛みの具合が変わる。私はたいてい一晩か半日くらい、時おり水を変えながらあく抜きをする。

あとは水を切って、小分けに冷凍すればいつでも楽しめる。

ちりめん山椒にしてもいいし、肉料理や魚料理のソースに加えてもいいし、オイル漬けにするとパスタやドレッシングにも使えて美味しいらしい。
らしいというのは、牛肉としぐれ煮にするのが好きすぎてほとんどそれに使ってしまい、他に使う分がなくなってしまうからだ。

毎回お世話になっているレシピはこちら。料理酒をこれでもかと使うのがキモのよう。

薄切りの牛肉が安いときを狙って買い込み、肉500グラムに対して実山椒をたっぷり150グラムは入れて作る。レシピ通り作るとかなり味が濃くなるので、少し調味料を抑えるのもおすすめ。
脂の甘さと実山椒の香り、しびれる辛さの相性が抜群で、大変なご飯泥棒かつ日本酒泥棒である。
個人的な一押しは、これで作る出汁茶漬けだ。あたたかい白飯にしぐれ煮を好きなだけ乗せて、お湯で伸ばした白だし(まめな方はちゃんとお出汁を引くと、きっとめちゃくちゃおいしい)を注ぎ、いりごまをぱらり。
お酒を飲んだあとに食べると、ここは天国か? という心地になる。

そうそう、今年はじめて挑戦したのが、ジンに山椒を漬け込むこと。
最近おいしいと思ったクラフトジンの原材料に山椒が入っていたのと、Twitterでちらっとおすすめされていたのを見て、やってみたいなあと思ったのだった。

茹でた山椒を水にさらす前に、少々拝借して水気を拭き取り、ビーフィーターの小瓶へ。

アンニュイBEEFEATER

1週間ほど漬けて瓶の蓋を開けてみたら、ほんのり山椒の香り!
ソーダで割って飲むと、口に流れ込む瞬間にふわっと香りが鼻を掠めていい感じ。もともと漬け込まれているジュニパーベリーの香りもあいまって、蒸し暑さを忘れさせてくれるような風味だ。

辛みがでるかなと思ったけれど、味は特に変化なさそうだった。
ネットでの前情報で、少し漬けただけで強烈な風味になる! というものも見ていたので、警戒して下茹でしたものを少量漬ける、というやり方にしたけれど、生の実山椒をそのまま、もう少したくさん漬けてもいいかもしれない。どうせ何かで割るのだし。

↑この方のレシピがすごく凝ってておいしそう。実山椒はドライを使われている様子。

ここ数日はくっきりと晴れて、そろそろ梅雨明けかな? と思うようなお天気だ。
じめじめとした雨の日も、蒸し蒸しとした晴れの日も、山椒の香気を味方に付けて乗り越えていきたい所存である。


山椒以外に、雨の日を楽しくしてくれるものたち


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